Pick ページ26
手芸のお店は、私にとって落ち着く空間。去年の居場所と似ている雰囲気があるから、かしら。ところ狭しと並べられたカットクロスに、『みか』は手を伸ばした。
いくつか見比べるように私の頭にかざして、うんうんと唸っている。
「うん、Aちゃんに似合いそうなの、ぎょうさんあるわ。どれがええかな？」
小さな赤い別珍生地をカゴに放り込んで、また別の生地を見始めた。今度は何かしら。
「カツラギ、Aちゃん重いかな？やっぱ軽い方がええんかな……せや、ツイル生地の方が……」
私、別に動かないから重さなんて関係ないのだけれど。そんなことも、伝えられないと思うとなんだか虚しくなってくるわね。
「あ」
ふと、『みか』は足を止めた。視線の先には、箱に並べられている見本のボタン。ガラスのように透き通るボタンが、ひとつだけ箱ごと倒れている。
「綺麗やけど、割れとる」
『みか』の言う通り、そのガラスにはヒビが一本入っている。だけれども、私はそのヒビに目を惹かれていた。
「……もしかして、気に入った？」
えっ？……なんて、思わず声をあげそうになる。いいえ、あげたところで何も聞こえないのだけれども。
「いや、なんとなくやけど。Aちゃんの言いたいこと、伝わってきたような？えっやっぱり違う？」
『なずな』に続いて、『みか』も、私に慣れてきたのかしら。『しゅう』に至っては最初から見透かしているような視線を向けてきたけれど、あれは多分『しゅう』にしかない才能みたいなもの、だと思う。
「うん、ひび割れとるけど……綺麗やね。」
『みか』は小さく微笑んで、そして。
＊
「失礼します、斎宮せんぱ」
「あ〜、すんません。今海外なのでいませんねぇ」
「ごめんねありがとう！！」
カタカタとキーボードの音を鳴らしていたのは、七種茨ではなく、漣ジュン。珍しい光景だったけども、今の私にそんなことを気にしている余裕はない。
「創作活動してるんで、今電話しても繋がりませんよ……って、いないし。あんずさん、あ、いや、プロデューサーさん、いつもあんな感じなんですか？」
「う〜ん……あの人休み時見失いがちだからね。がんばれがんばれ、あんず先輩」
ゆうたなのか、ひなたなのか。あまり見ていなかったからどちらかは分からなかったけれど。優しく笑いながら私を送る声が、聞こえた気がした。
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作者名：竜花 | 作成日時：2020年7月8日 23時
