10話 ページ12
私の中で碧棺左馬刻という人間は、確かに情に厚い人物だった。
今は仲違いをしているが、一郎君と戯れ、世話を焼く姿は、容姿は違えど兄弟の様だった。
だから、彼が見かけによらず優しい、という事を、今更驚くことはないと思っていたのだ。
ところが、どうだろう。
左馬刻君がAさんを見る目は、今まで見たことがないくらい優しく、穏やかなものだった。
チームメイトといる時、大切な妹さんの話をする時、どれにも当てはまらないその表情は、正に恋人であるAさんにしか向けられないものだ。
ハマの狂犬と恐れられ、決して表情豊かではない彼を、ここまで骨抜きにしてしまうなんて、
「実に、興味深いね」
「?」
細く小さな手を包み込みながら、思わず口にしてしまう。
丸く大きな薄紅色の瞳が、不思議そうに瞬いた。
言ってしまえば、左馬刻君に特定の相手というのはいなかったのだ。
その彼が、ある日、心底大事そうにここへ連れて来たのがAさんだった。
あれ程必死で、悲痛な面持ちは見たことがなくて、彼をここまで突き動かす少女に、酷く興味を持ったのを覚えている。
「わっ…?」
引き寄せられるように、深い海のような藍色の髪に手を伸ばす。
「Aさんが可愛らしくて、つい、ね」
「っ‼」
あぁ、いけないな…こんなに愛らしい反応をされるとは。
左馬刻君が夢中になるのも分かる気がする。
そんなことを思いながらも、さて、そろそろ診察に戻らなければ、と、
そう思った時だった。
「…先生、」
ボソッと、不機嫌な声で呼ばれる。
顔を上げれば、ジト目でこちらを見やる左馬刻君と目が合った。
しまった、少し触れすぎてしまったかな。
「あぁ…すまないね。悪気はなかったんだ」
降参の意を示す様に、軽く両手を上げておどけてみる。
拗ねた様な表情が微笑ましくて、思わず笑みが零れた。
本当に、Aさんのこととなると必死になるな、左馬刻君は。
「心配しなくても、君たちが愛し合ってるのを邪魔するつもりなんてないよ」
少し冗談めいて言えば、二人揃って目を丸くし、照れくさそうにそっぽを向く。
目の前の穏やかな光景に、心底思うのだ。
願わくば、二人の幸せが、今後も絶たれることがないように、と。
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和三盆糖(プロフ) - 香織さん» 閲覧、コメント誠にありがとうございます。ベタ甘な左馬刻さまが刺さったようで嬉しいです…!!マイペース更新にはなりますが、引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。 (2021年6月6日 17時) (レス) id: 4f53f84ba0 (このIDを非表示/違反報告)
和三盆糖(プロフ) - さちゃんさん» コメントいただいたのに直ぐに気付くことができず、お返事出来ておらず申し訳ございません。かなり時間が経ってしまったのでもう届かないかもしれませんが…閲覧、コメント誠にありがとうございます。どうにか完結まで頑張りますので、また遊びにいらして下さい。 (2021年6月6日 17時) (レス) id: 4f53f84ba0 (このIDを非表示/違反報告)
香織(プロフ) - 久々の更新ありがとうございます!とても気になる展開と安定の左馬刻さまっぷりで最高です。続きを楽しみにしてます! (2021年6月5日 23時) (レス) id: be1cefb69b (このIDを非表示/違反報告)
さちゃん(プロフ) - とてもすきですT_T更新楽しみにしています>_< (2020年4月6日 1時) (レス) id: ffa613b322 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:和三盆糖 | 作成日時:2019年3月3日 19時