戦国書簡

短編：香り（戦国無双　島左近） ページ14

数多の男の欲が集う籠の中―

今日も私の前には誰も現れない。
あまり客の前に出ないことで、太夫である私の格(商品価値)は上がる。
だから、暇を持て余すのは、いつものこと。
以前はその暇を潰す相手が時折来ていたことを懐かしむのも、いつものこと。
格子の外の世界を眺め、紫煙を吐き出す。

―いつもと同じ夜。
―いつもと同じ喧騒。
―いつもと同じ黒方の香り…いえ、違う…かの人の香り。硝煙と土の香り。

「やぁ、ご無沙汰でしたね、太夫。俺のこと、覚えてますかね？」

背後から掛けられた声は…かの人・島左近のもの。
嗚呼…覚えていてくれたのだ。
ただ、その歓びを胸に仕舞いこみ、応対するのが私の役目。

「お久しぶりでありんすぇ。貴方こそ、わっちのことを忘れていたのではありんせんかぇ？」

私は、わざと少し拗ねたようにして、背後を振り返らない。

「やだなぁ、太夫のような綺麗な人を忘れる筈がありませんよ。」

かの人は、何処か笑みを含んだ言葉を返すだけ。
以前ならば、私のことを好いてくれていると言葉にしてくれたのに。
以前ならば、背後から抱きすくめてくれるのに。
私への振る舞いは全て偽りだと分かってはいた。
それなのに、これほど心が痛いのは何故なのか。

「さてと、太夫に挨拶もできましたし、俺は失礼させてもらいますよ。」

「…そうでありんすか。またいらしてくんなまし。」

「いや、さよならだ。愛しい俺の太夫。」

「え…？」

つい背後を勢い良く振り返ると、そこには誰もいない。
先程までの会話は私の夢だったのか。
その疑問を打ち消すように、かの人の香りが私を包み込んでいた。


端女郎たちの噂では、慶長五年九月十五日美濃国関ヶ原で、かの人は討ち死にしたそうだ。
そして、かの人が私の元にいらしたのも、その日の夜。
あれは現でなく夢か、それとも私が生み出した幻か。
どれであったとしても、私は構わない。
もう一度、私を愛しいと申していただけたから。

――――
黒方(くろぼう)は、薫物(たきもの)の一つで、深く懐かしい、落ち着いた香りがするそうです。
幽玄をあらわすとも言われているそうですね。

泣いている所を見られてしまった（戦国BASARA）＊No.3様リクエスト→←山賊に攫われてしまった(真・三國無双）

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