第九十一話 名前 ページ4
最後の日記それは、事件があった日だった。
「……成果はあったな。ここにはもはや何も無い。帰るぞ。」
その言葉を合図に私達はここを解散し、事務所へ戻った。
*
次の日になった。事務所は明るい光に包まれていたが、何処か気怠い空気にも覆われている。
私はコーヒーを飲み、日記の内容を脳内で復唱していた。
突然、大きな音を立てながら扉が開いた。
「ノックをしろ。辻村君。」
「そんな事を云っている場合じゃ無いんです!これを見てください!!」
資料を顔の目の前に持ってくる辻村さんに溜息をつきながら、その資料を眺めた。
“事件当日、息子は母親から包丁により刺されそうになり、それに抵抗し母親を刺して逃走。だが直ぐに男性の方と共に出頭した。処分は無し、直ぐに釈放が決定された。”
『ほう。要するにこの事件は……』
「既に解決してるんです!行方不明なんて真っ赤な嘘!」
依頼人が嘘をつくなんて辻村さんに会う前、鉱石の事件以来だろうか。
綾辻先生は少し小馬鹿にした様な云い方で辻村さんに向かって云う。
「では、それを上のやつに話してみろ。」
「え?あ、はい!」
直ぐに辻村さんは電話をかけた。またもや辻村さんが声を上げる。
「え?!でも、その、それは……。はい、分かりました……。」
通話は切れた。間髪入れずに先生は云う。
「結果は同じだろう。」
「……はい。捜査を続けろとの事でした。」
『相当偉い依頼人なんだろう。事件は解決しているのに追うだなんて、殺せと云っている様なものだ。』
「……それでも、!正当防衛なのに…」
「そう気にするな。今迄に何度もそういう依頼はあった。坂下局次長の様にな。」
坂下局次長……綾辻先生を凍った血の死神と綾辻先生を呼んでいた人物か。
辻村さんは黙り込んでしまった。闇の部分には慣れていないのだろう。これから本当に大丈夫なのだろうかと溜息を吐いた。
『綾辻先生。この事件は証拠が無い。どう解決するつもりだ?』
「……ひとつ、聞きたい事がある。」
「どうしました?」
「この一家は苗字どころか名前の情報が削除されている、そうだろう?」
『……確かに、名前の情報は一切出てこなかったな。』
「……綾辻先生の云う通りです。誰かの手によって、それらの情報は消されていました。」
「……そうか。」
「まぁいい。謎は解けた────事件解決だ。」
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