第百六話 天才 ページ21
…またもやグー、という場違いな音がした。
「……空腹かい少年?」
クス、と笑う太宰治を見て、私は少し心臓が跳ねる。仕方が無いじゃんか、此奴も推しなんだから。
「実はここ数日何も食べてなくて……」
彼がそう云うと、向こう岸にから人が居るのが見える。誰なのかを察すると、私は耳を塞いだ。
「こんな所に居ったか、唐変木!!」
「おー国木田君、ご苦労様。」
そう言いながら唐変木と呼ばれた彼は手を振ったが、向こう岸からは罵りの声が聞こえる。
「そうだ、良い事を思いついた。」
「私は財布が流れてしまってね、彼は私の同僚だからからに奢ってもらおう。」
へ?と少年は云った。聞けよ!!と向こう岸からも声が聞こえる。全くもってその通りで異論は無い。
『随分と可哀想な同僚だ。きっと苦労人だろうね。』
それを聞いた彼は笑う、否定の言葉を一切述べる気は無かったようだ。そのまま彼は少年の方を向いて訊ねた。
「君、名前は?」
「中島敦ですけど……」
敦君は戸惑ったように訊ねた人物と私を見つめた。そういえば名前を名乗っていなかった、ということに漸く気が付いた。
「太宰、太宰治だ。」
その瞬間、風が靡いた。嗚呼、きっとこれから私は……様々な事に巻き込まれるのだろう。風を感じながらそう思った。
私は、私の過去を知るために進まなければならなかった。
そんなことを考えていると、敦君の視線が私に移っていることに気がつく。
『嗚呼、次は私かい?』
2人は私の言葉を待っている様だ。待たせてしまった……と思ったが不思議と罪悪感は湧いてこなかった。
『……私の名はAA。』
どうしてだか、スラスラと言葉が出てくる。
私は知らないのに、脳は何かを覚えている。
『私のことは是非とも────“天才と呼んでくれ給え。”』
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