第百五話 入水 ページ20
その刹那、グー、という腹の虫が鳴く声がする。
音の正体の方をジッと見つめたが、苦笑いを返された。
「……あの、もしかしてお金とか食べ物とか持ってたり……」
『……逆に訊ねるが、持ってると思うかい?』
ですよね、と項垂れる少年を見て、また溜息を吐くと川の方向に指を差した。
『私は持っていないが、試しにあそこの人物を助けてみるのはどうだい?』
「えっ、?」
衝撃的な光景を見て、彼は2度見する。
足だけが見える状態で川から人が流れてきたら、私だって2度見するだろう。
彼は一瞬迷ったが、カラスに襲われそうになるのを見て助けに川へ入った。
『うんうん、実に勇敢だ。』
私は立ち上がると、ポンポンと服を叩く。
今日は日差しが良く、風もちょうどいい……服が乾くには最適な条件が揃っていたため、既に服はずぶ濡れでは無くなっていた。
少年は、何とか男性を川からあげる。すると、男性がパチリと目を開け、すぐに起き上がった。
ホラーのような怖さがそこには含まれていた。
「あんた川に流されてて……大丈夫?」
少年が、周りを見渡す男性に声をかける……すると、男性と私の目が合った。男性は驚いたように目を見開くと、直ぐに怪訝な顔を浮かべる。
「あの……?」
少年は男性に再び声をかけた。
「……助かったか、ちぇっ。」
「君かい、私の入水を邪魔したのは。」
嗚呼、始まった。と私はその様子を見守っていると、男性は此方を見て話す。
「Aちゃんもどうして止めなかったんだい?何か私に用でも?」
『……は?』
どうして私の名前を知っているんだ、??と心臓が跳ねる。
やっぱり、私は重要な何かを忘れている。
「は?と云いたいのはこっちだよ。安吾から1週間前に君が亡くなったと聞いたのに、後を追おうと川に入水したらこうだ。」
「やっぱり君はまた、私と同じで死ねなかったんだね?」
入水?と驚いている少年の声はあまり耳に入ってこなかった。
『……君は、私の過去を知ってるのか?』
「……どういう意味?」
男性は嫌な予感がする、と思った事だろう。私もまさか私を知っている人がいるなんて思わなかった。
まさか、あの太宰治に知られているなんて。
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