気遣い ページ12
「何だよ、急に懐くじゃないか。
まあ乗りかかった船だからな、いいよ、
この店でよければ帰りに予約しとこうか」
「次の約束」なんて初めてのことで、
くすぐったいような、嬉しいような、
特別なことのように感じてしまったけど。
お店の予約は、来週の金曜日。
櫻井次長は、出張から戻る部下がいるから
業務終了時間は、20時を過ぎると言う。
「あんまり時間取れないかもだけど、
しっかり話は聞くから心配するなよ。
Aは、食事、済ませておいていいから」
すでに優しい。何か、全部嬉しい。
とは言え。
その夜も、お店を出ると解散だと言う。
22時前、まだまだ飲み足りない気分の私は
駅までの道、膝下のプリーツが揺れる度に
諦めを強いてくるのを感じていた。
何を？何を諦めるんだろう？
ううん、突きつめてはいけない気がする。
「Aって実家なんだろ？
確か1時間位電車に乗るって言ってたよな、
送るには、ちょっと遠過ぎるからごめん。
早めに解散するから気をつけて帰って」
うそ。
早めの解散は、私への気遣いだったとは。
予想もしていなかった次長の想いに驚いて
沈んでいた気持ちが一気に上昇する。
私を？気遣って？早く電車に乗せようと？
改札を抜けて振り返ると、手を軽く挙げて
照れたような表情。
そこそこ人が通る中で、一人だけ光ってる。
気のせいじゃない、櫻井次長の周りだけ、
浮き上がるように光っていた。
先に進む振りをして、もう一度振り返る。
鞄を手に、スーツの背中が遠ざかって行く。
ずっと光が注がれたままで。
動悸がして、立ちすくんでしまった。
私、何を見たんだろう。
心遣いとか優しさとか、全部が塊になって
胸の真ん中を突き抜けた、ような。
ホームに風が通る。
目を閉じて感覚を止める。
動いてはいけない部分が動き始めている。
それに気付かないでいたいと願う。
目を開けると雑多な看板や広告が溢れて、
その中に良く知るシティホテルが見えた。
運良く座れた電車の中で揺られながら、
金曜日、セミダブルの予約を入れた。
櫻井次長、遅くなるって言ってたから
時間を気にしないでお話できるように。
遅くなっても送らなくていいように。
私から、気遣いのお返しのつもりで。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 545人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
おはな(プロフ) - あやかさん» 年末の始まり、彼を長時間目で追いかけて、でも物足りない。この感覚が続いていくんでしょうね。覚悟しないといけないかなと。お話の方は、ゆっくりじわじわ進み、戻り、だからこそ確実になっていく感じを楽しんで頂けたらと思います。常に確実性重視の次長ですからね。 (2022年12月4日 18時) (
レス) id: 87927db929 (このIDを非表示/違反報告)
おはな(プロフ) - Virdさん» sweetなお話の中で少しだけ登場した相葉さんの想いを、どこかできっちり書きたいと思っていました。唐突過ぎたかなと思ったりしますけど、私個人は満足です。主人公の気持ちにも少なからず影響するかななんて、ネタバレです。コメントありがとうございました。 (2022年12月4日 18時) (レス) id: 87927db929 (このIDを非表示/違反報告)
おはな(プロフ) - きーたんさん» きーたんさん、コメントありがとうございます。控えめになってしまう主人公の過去を重視してしまいます。挫折を知らない、無邪気さが周りにどう影響するかとか、NOTキラキラ組の私の癖ですね。明るく爽やかな恋なんてあるものか！なんて思いながら書いています。 (2022年12月4日 17時) (レス) id: 87927db929 (このIDを非表示/違反報告)
おはな(プロフ) - にゃんさん» にゃんさん、こちらこそ本当にありがとうございます。ネガティブな感情が沸き起こる中、モチベーションを保ち続けるのは結構難しくて。でもですね、ふたりの僅かな変化を書くのは、とても楽しいんです。是非、良い時にまたお越しください。お待ちしています。 (2022年12月4日 17時) (レス) id: 87927db929 (このIDを非表示/違反報告)
おはな(プロフ) - ていくさん» 年末が始まり、ドームがイルミネーションに彩られるのを見て、寂しくなりました。なのでお話の次長は誰と見るのか？主人公となの？彼女となの？と、ひとりで盛り上がっています。コメントありがとうございました。次の更新に向け準備をしています。またお越しください。 (2022年12月4日 17時) (レス) id: 87927db929 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：おはな
| 作成日時：2022年4月23日 23時
