弐佰参拾頁─ト或ル訪問者─ ページ4
午前九時。
おはようございます、と国木田の硬い声が武装探偵社に広がる。
何も変わらないいつも通りの探偵社の一日の始まり。
しかしその日常は一人の訪問者によって崩されることを未だ誰も知らなかった。
コン コン コン
ヨコハマの街を行き交う学生やサラリーマンの姿も落ち着き始めた十時頃。
木の扉をノックする軽快な音が敦の耳に届く。
今探偵社には国木田と敦しか居らず、他の社員は皆出払っていた。
敦は特にその音が小さいとは感じなかったが、国木田には聞こえなかったようでパソコンから顔を上げる様子は無かった。
そのことに多少の疑問を抱きつつも作業の邪魔をしては悪いと判断し、彼は何も云わずに静かに扉へと向かう。
静かにとはいっても二人しか居ない部屋では靴音すら耳障りに感じる。
国木田はそれによって顔を上げ口を開いた。
「どうした、敦。昼飯には未だ早いが」
「あ、国木田さん。多分来訪者が来ています。国木田さんは先程のノック音聞こえませんでしたか?」
「そうなのか?すまん、気が付かなかった」
食い違う二人の言葉。
自分の靴音は聞こえたのに何故ノックの音に気付けなかったのか。
敦の中でそんな疑問が大きく膨れ上がる。
しかしその思考を断ち切るかのように再度扉を叩く音が探偵社に響いた。
一回目よりも大きなそれに今度は聞こえたらしい国木田がハッとして立ち上がり対応する。
「申し訳ありません。大変お待たせしました」
扉に負担をかけないように気を使いながらも素早く取手を引き、その向こう側に居る人物へ謝罪の言葉を送る。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
そこに居たのは若い女性だった。
銀が混じった短い白髪に透き通った翡翠の瞳。
黒縁の眼鏡をかけた彼女は軽く微笑んで明るくそう返す。
しかしそれでも国木田は
彼女がソファに座るのに少し遅れ、客人用の湯呑みが乗せられたお盆を持つ敦が慣れない足取りで辿り着いた。
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作者名:煉華 | 作成日時:2023年1月26日 23時