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少年は滲んだ視界の中で、その人間の顔を見上げた。
 漆黒の髪に黒水晶のような瞳、しなやかな輪郭に、陶器の如く白い肌、狂気も奢りも居座らない静かな表情。四方八方に揺れる視界の中でも、その姿だけははっきりと、少年の視覚に訴えかけて来た。突然目の前に神が現れたような感覚であった。
少年が歩んできた生来、最も美しいその人物は、錯乱したハイルの頭部を、包み込むように持ち上げると、何かを呟いて、それから唐突に、冷汗に濡れた年幾ばくも行かぬ未熟な身体をだき抱え、歩き出した。

 少年の意識は、そこで途切れた。









 ────赤い髪、空虚な左眼、眼帯、戦争孤児。
 少年、ハイル・ヴェグラーベンは、社会的な面においても、そして、引き取られる前の孤児院の同胞たちの中でも、一際異端者として扱われていた。北ヨーロッパまたは北西ヨーロッパ系、ケルト系民族などの祖先を持つ人間に多く見られる赤髪は、特に“一般的な”差別や偏見の対象となっていた。百年前においては比較的それら外見的差異を、差別主義的に見る人間は少なかったと言うのは有名な話だが、物資や国際関係の欠陥多き、地球破滅戦争後の人々の心が荒みきったこの世代において、外見的差別と言うのはむしろ、手軽に楽しめる優越感において格好の的であったのだ。生まれ持っての外見の優越ならばどれほどの苦難を乗り越えずとも、ごく簡単に、それでいて自然に、自分が特別な人間であると錯覚出来る。どれだけ汚い手段を経てまでも、人々の精神は、多少の自尊心の暖かな苗床を求めていた。そしてそれは、彼、ハイル・ヴェグラーベン少年が生活を営むこととなる周りにも、不穏な枝を伸ばしていたのである。

 あの不心得者の両親に引き取られる前、彼が居たのは、とある田舎の孤児院であった。正確に言えば戦争孤児専用の養護施設で、月々に増えてゆく孤児たちの数に施設の職員たちはただでさえ荒んだ精神の蔓延る頭を海渦の如く悩ませていた。特に資金不足の穴は国家予算や寄付では足しにもならず、戦争の記憶を鮮明に残す孤児たちの対処には、寝る間も惜しむ程の事態であった。兵士の精神治療に、機器や薬品、カウンセラーまでも奪い取られている状態で、たかが田舎の養護施設一件に、派遣出来る精神医療関係者などいる筈もなかったのである。









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設定タグ:SF小説 , ADAPTERシリーズ , バトル   
作品ジャンル:SF, オリジナル作品
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作者名:ワッさん | 作者ホームページ:http://img.u.nosv.org/user/0301enmakun  
作成日時:2021年4月10日 17時

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