ADAPTER <ｱﾀﾞﾌﾟﾀｰ> (ページ10)

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二一七二年、ドイツ西方にて『ヴィッツシュタルト戦線』という大規模な抗争が発生した。この歴史に名を刻むほどの二年間に渡り続いた戦闘は、多くの戦死者と、戦争孤児を産み落とし、数々の絶望と憎悪を振り撒いて去っていった。ただ、そこに残されたのは、夥しい程の屍と、焼けた野原、涙も枯れ果てた幼い子供達。その時点で生き残った者も、条約によって固く禁じられていたにも関わらず、呆気なく使用された核爆弾に焼かれ爛れ、放射能に侵された身体を引きずり続け、治療の術も無く程なくして死んで行った。焼けた四肢の痛みや、喉の渇きに耐えきれず、毒と化した川に飛び込んで死んでいった者も数多い。毒素と、放射能と、血と骸。それ等が川を成し流れる光景をふと夢の中で思い出して、発狂する生者は数知れず、一時は急激な自死率の増加も問題となっていた程だ。
　抗争で肉親を亡くした子供たちは皆、各国家の采配の元、自国の遠く離れた血縁者の元へか、戦争孤児保護施設に送られた。偶然赤子として生き残ったハイル・ヴェグラーベン少年も、その内の一人である。
　戸籍上、又は血縁鑑定記録上、被保護者となるにおいて生き残っている人間の中で誰一人として該当しなかった彼は、安息の間もなく戦争孤児養護施設に送られる事となった。

　ただ、一つだけ、そこには問題が存在していたのである。
それは、彼の両親の出身国についてであった。

　それぞれの場所に采配される前の、孤児分別所では、高速簡易型血検索機器High-speed Simplified Blood Retrieval device=HSBRによる鑑定結果での、ハイル少年の実母はイギリス出身、実父はその敵対国であるドイツ出身軍人であったのである。赤子である彼のHSBR検査を行った担当者の逞しい手は、冷汗を伴って震えた。現在の戦争真っ只中で、国家主義が社会を握り締める状況下、この検査資料を“上”に提出してしまえば、間違いなくこの赤子は言葉のひとつも覚えること無く、その命を絶たれることだろう。国家によって、戦争という狂気によって、同じ人間によって─────。その問題の赤子は、ドイツ西部で勃発したヴィッツシュタルト戦線の只中、本国の人々の遺された死体や負傷者を救助するために派遣された英国のとある部隊長によって、瓦礫の中で泣き喚いていた処を救出されたのだという。つまりは、寸分の狂いもなく、担当者の手に渡った小さな命は“敵国の資源”であったのだ。

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