囲われたミツと花【前編】

41 K ページ41

一日に色々な事があった。
ぶつかった人に絡まれ、玉ちゃんに助けてもらい、また引きこもりにそうな自分を敢えて連れ出してくれた。



時刻は6時────…


駅の大きな掛け時計がそう指しているのが目に入る。太輔へのお土産を片手に、最寄り駅に着いた。



ここから、5分ほどの距離だった。
玉ちゃんの動物病院と、マンションは。
ポケットに入ってるのは、玉ちゃんに貰ったキーホルダー。
歩く度に揺れるのが、ずしりとして…ちょっと嬉しくなる。




「…すごく楽しかった！連れ出してくれて…ありがと」
「…ミツ、」



腕を引かれ、立ち止まる。
ふと見上げると、街灯にポツリと照らされた玉ちゃんの綺麗な肌が紅く見える。
真顔な玉ちゃんに、胸が苦しくなる。
今日見た全ては、俺にとって初めての世界だった。
テレビの中でしか、見た事のない場所、人。




煌めいていた。
立ち寄ったカフェの店員さん、駅員さん、チケット売り場のお姉さん。警備員さんに、清掃員の人。
皆が、働いて輝いていた。きっと辛い事もあるだろうけど、隠して戦ってる事を知った。



「…玉ちゃん、」
「宏光っ！」



…俺は、玉ちゃんに何を言おうとしたんだろう。
遮られた声に、言葉が止まる。
声のした方へと顔を向ければ、それは走ってこっちに向かってる太輔だった。



自分の名を呼ぶ恋人の声───…



手に持っているケーキを渡す相手───…




「太輔…っ」



外に出れたんだよ、
怖いことがあったけど、それさえも克服できたかもしれないんだよ、
これお土産だよ、
いつもありがとう、



伝えたい事がたくさんあった。



今度は俺が太輔に恩返しがしたい。
ずっと守ってくれたから、今度は守りたい。
ちゃんと働きたい。大金は稼げないけど、少しづつ返していきたい。




「…これ」



伝えたい事はたくさんあるのに
言葉が出てこなくて、そのケーキの入った紙袋を差し出していた。



「帰るぞ」
「…、」


太輔は、その差し出したものを掴むと地面に投げ捨てた。その紙袋を見ようともせず。その動作が自然すぎて、声も出なかった。
地面に投げ捨てられた紙袋は、横たわっていた。



「…太輔、」
「話はウチで聞くから」



…太輔には、その紙袋が見えてないの？
俺の顔が見えてないの？
玉ちゃんが見えてないの？



「…玉ちゃんっ」



掴まれた手は強く、振り払えない。
気づいた時には、振り返って玉ちゃんの名前を呼んでしまっていた。



「ミツ…！」



手は、届かない。

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