今夜君が欲しい【前編】

48 F ページ48

『藤ヶ谷、悪かった。部長から聞いた。昨日起こったミスは北山が起こしたモノだったんだと。おまえは庇っただけだったんだな。始末書は返すから』



そう言って、始末書は返却された。
デスクの詫びと一緒に。



それを否定したら、
『部長に北山から話があったそうだ』と釘を刺された。それ以上は言えず、自分自身も嘘をついたことを詫びてその話は終わった。



北山はわざわざなぜ部長に報告したのか。


自惚れかもしれない。


でも思いつくのは『俺のため』だと言う事だけ。


北山は本当の事を言った、ただそれだけだけど。


新人である北山に最後の入稿をさせていたこちら側の体制不足が引き起こした事で、北山のせいではないし、北山が責任を感じる事などではない。



俺らの管理体制が甘かった、それに尽きる。
しかもデスクは関係ない言葉で北山を罵った。



許せなかった。本当に。



なのに、北山はちゃんと筋を通す。
影で。俺の目の前じゃなく。


北山の教育係を任されているのは俺なんだから、俺のせいにしときゃいいのに。



デスクの話を聞いていた周りの同僚からは『男前だなー。さすが藤ヶ谷』と変に株を上げることになってしまったし。



北山に一言、礼を言おうと北山の席に目をやると北山はこの部屋から出て行く所だった。



(アイツ…)



俺との打ち合わせが入ってるのに
またサボりやがって。喫煙所に行く所だけはいくら注意しても直らない。



ため息が溢れる。


でも、自然と口は弧を描いていた。


タマも取材のため出ている。
久しぶりに解放された気がして、気分も晴れやかだった。



早く絆創膏を取りたい。
見える所に痕を付けられるなんて久しぶりだった。
早く薄くなればいい。


北山がそこに視線を向けた時『違うよ』と思わず言いたくなった。何が違うんだか。
蚊なんてこの時期はまだいない。
こんな場所、怪我なんてよっぽどしない。



何を言っても、虚言は虚言だ。
何も結局言えず、その視線に気付かぬふりをした。




喫煙所に向かっただろう北山を追いかけると、壁に凭れスマホを触っていた北山に通りかかった宮が話しかけるのが目に入った。



あの二人、話す仲だったんだ。
意外に思いながらも、課が違っても部署は一緒だし宮も北山も人当たりがいいから何かで話すようになったんだろう。



人見知りの自分にとって、少し羨ましかった。昔は自分も初対面の人とも気軽に話せたんだけど。


聞こえてきたその会話に足を止めた。

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