今夜君が欲しい【前編】

49 F ページ49

「 北やん、俺さ、さっき偶然、部長と話してる所聞いちゃったんだよね…」
「……え」



宮が話し出した言葉を聞いて北山の表情が強ばったのが見えた。
咄嗟に、身体を戻し、見つからぬよう影に隠れた。



バレぬように顔だけを半分覗き二人の様子を窺った。まるで、ひょっこ○はんだ。
会話に、どくりと心臓が高鳴り痛む。



何を話してたんだ、
聞かれたくない事のように北山は喫煙ブースへと宮を誘っていた。


それにまたバレぬようついていき、偶然にも開いていた狭い隙間から中を覗き込み耳を傾けた。




「今夜部長に無理矢理ホテル誘われてたよね？断りきれなかったの？」



宮の口から出た言葉は、信じたくない事実だった。



「盗み聞きは趣味悪いですよ」



何の気なしに言い逃れる北山。


俺に愛人じゃない、って否定していた。
だから、それは北山の本意じゃない。



繰り広げられる会話が耳に留まる。



次に聞こえてきた言葉に耳を疑った。



「……部長からのキス断ってたのに、抱かれるの？」



部長からのキスを断っていた事、



「好きな人としかキスしないから」



好きな人としかキスしない事…。



なんで…



「じゃあ、何で…」
「…でも覚悟を決めたってとこかな、」




覚悟、ってなんの？
そんなの覚悟じゃねえよ。
好きでもない奴に抱かれに行くなんて、何の覚悟でもない。




なあ、なんで…？



"好きな人としかキスしないから"



俺とはキスしてんじゃん、2回も。



小会議室で。悪戯に笑いながら頬に。


送別会の時に消毒を乞い強請っただろう？



"今夜の事、俺が覚えてるから"

"明日になっても、覚えてるから。"



覚えてる、って。そう言った。
あの時のおまえ、そこまで酔っぱらってなんかなかっただろ？






君が何を思って部長に抱かれるつもりかは知らない。でも、不本意なら…




それを見過ごすことは出来ない。



"藤ヶ谷が大切だから。自分の事は…自分で解決する。だから、部長には何もしないでくれ"



そう言うわけにはいかねぇよ。



俺は北山の事は何も知らない。
でも、確実に知ってる事がある。



北山は部長と夜を過ごすことを望んでいないという事だ。





待ってて、北山。


俺は君をそこから連れ去る──…


護る騎士(ナイト)になりたい。



いや、なってみせる───……



「宮田にお願いがある」



守りたい。救いたい。

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