Zionの花束を17 (ページ3)

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弔いの花言葉3 ページ3

「ではこれを」
マスターがいつの間にか、花束を持ってきていた。
「なんだ? 用意がいいな」
「違うよ」
顎髭が泣きそうな顔をしていた。よく保たせたね、とマスターに微笑む。
「本当はあの日、ピアニストくんに贈るはずだった花束さ。捨てるしかないかと思ってたし、マスターが捨ててるかも、と思ったんだけど」
「私、そんなに薄情に見えますかね?」
「薄情とかそういう話ではないと思うぞ」
普通、あんな事件のあとで、この花束をとっておこうとは思わないはずだ。
マスターは花束を見下ろして、ぽつりと語る。
「何故でしょうね……なんとなく、私にはあの結末が見えていたんです。けれど、この花束が無駄になるとは思わなかった、思いたくなかった」
はなむけですよ、と告げる。
「Zion最後の奏者への手向けです」
「……そうか」
眼鏡は花束を受け取る。花束の中にはZionの花もあった。偶然かもしれないが、運命かもしれない。眼鏡と顎髭のような関係の花束を、眼鏡はそっと隣の席に置いた。
それから眼鏡は、ライトを当てられることのなくなったピアノの方に目を向ける。弾き手を失い、居場所も間もなく失うであろう一台は店の中でもひときわ寂しげに見えた。
「あれはどうするんだ?」
「売ろうかと」
「随分思い切った判断だな」
即答したマスターに眼鏡が驚く。
「前々から決めていたことです。店も閉めますし、老い先短いので、未練を残さないようにしようと」
「所謂終活ってやつだ」
顎髭が関心がある風に言うと、マスターはええ、と微笑んだ。
眼鏡だけが、「終活」の意味がわからず首を傾げる。それを目敏く見つけた顎髭がからからと笑った。
「おいおい、この年にもなって終活を知らないのかい?」
「知らん」
「最近はよく聞く言葉だよ。老人が老害になる前に、自分の死ぬ準備を整えるのさ。自分が死んだあとのことを関係各所に頼んだり、未練になるような事象を処理したりね」
舌を湿らすように、顎髭はワインを口に含んだ。その説明に感銘を受けたらしいマスターが、カクテルを差し出す。
「老人が老害になる前、とはなんとも言い得て妙ですね」
「はは、受け売りだよ」
「何のだ?」
「そこ気にする?」
くつくつと笑うと、顎髭は眼鏡を指差した。
「君は僕からの受け売りと言えばいいさ」
「そうか」
少し、他者との関わりという影をちらつかせた顎髭に食いついてみたのだが、器用にかわされてしまった。