百二十話/失言 ページ30
「おいひいです」
「それは良かった。もっと食べてくれてもいいのだよ」
「……太るので厭です」
「君はもう少し食べた方が良いと思うのだけど、私は」
駄々を捏ねたAは、太宰を食事に誘うことに成功した。それも、彼の奢りでだ。実に意外な収穫だった。
「驚きました。太宰さんお金無さそうだし、奢りは流石にないかと……あ」
更に失言。失言を誤魔化す場で失言を重ねた。
「新人に先輩としての威厳を見せなければ、舐められてしまうからね。ほら、今みたいに」
Aの失敗を見逃してくれない先輩が、すかさず悪戯っぽく目を細めた。というか、その発言自体が舐められる原因なのではないか。いや、Aが太宰のことを舐めている訳では無いが。
「……そうですね」
何を云っても失言になる気がして、Aはそれだけ云って
因みに、頼んだのは醤油ラーメンである。
「そういえば、太宰さんは食べないんですか?」
奢り担当の太宰は執拗にAを見てくるので落ち着かない。なので、視線逸らしのために話題を振る。
「お気遣い有難う。と云いたいところなのだけど、私お腹空いてないから」
「あ、そうなんですか。美味しいのに」
「そうなのかい?じゃあ、一口」
「厭です」
太宰のペースに持っていかれそうになるのを何とかこらえる。武装探偵社に入ってからというもの、厭ですだとか、無理ですしか口にしていない気がする。
悪い傾向だ。
「えーいいじゃないか一口くらい……って、Aちゃん食べるの早いね!?」
「そうですか?……これくらい普通では?」
麺を啜る。もうスープだけになった器を見つめて、Aは首を傾げた。
とはいえ、自分の普通が宛にならないことをAは知っている。食べるスピードが早いというならば、Aを取り巻く環境がそうさせたのだと思う。
「今にお腹壊すよ、それだと」
「ーーーー」
「先輩の助言は素直に受けとっておくものなのだよ?これは先輩からの助言ね」
「はい、先輩」
上っ面だけで返事して、「それじゃあ、行きますか?」と太宰に問い掛けた。
彼は視線を一瞬霧に包んでから、「そうだね」と立ち上がる。
「本当に美味しかったです。御馳走様でした」
とは、お会計から戻ってきた太宰にAかかけた言葉である。
「もう私お金無いよ……Aちゃん」
本当にすっからかんの財布を見せてくる太宰は、矢張り悪魔ーー否、小悪魔だった。
111人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時