第三十六話 ページ38
「手前には判らねえだろうな、陰険野郎」
中也が蘭堂を見上げたまま云った。
「仲間のためにすべてを抛つ。命をかける理由としちゃ、至極真っ当な部類だぜ」
「その動機、相手にとって不足はないよね」
「その通りだ」
中也は両手に異能を集中させた。
拳の質量が増大し、周囲の大気が震える。
「なあ旦那。なんで俺が手を使わずに戦ってたか、教えてやろうか」
中也は敵へと歩き出しながら云った。
その足下で無数の小石が震え、浮かび上がる。
「俺は喧嘩で負けた事がねえ。ヤバいかもと思った事もねえ。……当然だ。俺は人間じゃねえんだからな。
俺という人格はあんたが云うところの安全装置……溶鉱炉みてえな巨大な力の塊、その辺縁にへばりついてる模様に過ぎねえ。
なあ……そいつがどんな気分か、あんたに判るか」
中也が何もない空中に足を踏み出した。
空中のかすかな塵を捉え、中也の足が虚空を踏む。
もう一方の足で次の虚空を踏む。そのようにして見えない階段を上るように中也は蘭堂へ向かって歩いていく。
「だから両手を封じた。
そうすりゃいつか負けそうになる時が来る。
戦いを楽しむんじゃなく必死に自分を守れる時が来る。
……そうしたら、ちっとは愛着が湧くかと思ったんだ。
模様に過ぎねえ俺に、この体の主人じゃねえ俺って人間にな」
中也が空中を蹴って跳んだ。
紅き夜を裂く猛禽になって中也が飛翔する。
その真正面から、空間波が波濤となって立ちはだかる。
建物を砂糖菓子のように砕く威力を持つ空間波を中也は避けず、真正面から突っ込んだ。
「何っ!」
「うおらアァァッ!」
衣服や肉の弾ける音を響かせながら空間波を中也は抜けた。全身に裂傷が走り、無数に出血しているが、その速度は衰えていない。
その様子を見ていた佑子は片目から流れる血液を異能で止め、頭を左右に振った。
「ユウ、大丈夫?」
太宰が問いかけた。佑子は太宰を見、返事する。
「ぐるるぅ」
大丈夫、と返そうとしてオオカミの姿であることに今気づいた彼女は異能を解く。人の姿に戻った彼女に太宰は、「帰ったら手当しないとね」と少し笑った。
「平気。もう血は止まってるし治ってる」
「そう。じゃあかえったら顔洗いな。目のところから血涙みたく赤い線が出来てるから」
「そーする」
佑子が中也の方に視線を戻すと中也はボロボロになりながらも大鎌を使って蘭堂の胸を深く貫いていた。
「俺の腹立たしいぜ」
中也は傷だらけの顔を歪めて云った。
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作者名:十六夜紅葉×山吹 x他2人 | 作者ホームページ:http://yuuha0421
作成日時:2023年6月15日 20時