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彼女が、彼のことを知ったのはとうの昔の話である。
まだ彼がアイドルだった頃、彼女は画面に映る彼を熱心に眺めていた。誰よりも輝いて、誰よりも格好よくて、その姿に、その声に彼女は惹かれていった。始めて手にしたCDは、彼の歌。歌詞は、難しくて分からなかったが大好きな曲であった。今、聞いてみると何だか小っ恥ずかしい曲だったんだなというのが聞いて取れる。そんな曲を堂々と歌える彼もまた素敵だと感じた。
たまに、彼にその曲を歌って欲しいとリクエストをしてみる。しかし、叶ったことは一度も無い。「あんな恥ずかしい曲もう歌えないよ」とまた眉を下げて笑うだけだった。あの恥ずかしい曲を堂々歌う彼が好きだったのに。なんて、幻滅することなんてない。彼が歌わないなら、それで良い。彼のことを尊重し、彼のことを理解しようと心がけることが大切なのだ。彼の意図しないところで、まるで彼のあやつり人形であるかのように、彼の望むように。「いつの間にやっといてくれたのか、ありがとう」そう褒められたいだけなのだが、どうも不器用な彼女は、先回りを繰り返さなければならない。その場ですぐに、作業が終わらせられるような器用な人間ではない。だから、少しずつ少しずつ、先回りをして彼のお望み通りに、彼女は動くだけ。たとえ、彼がそれを望んでいなかったとしても役に立っているならそれでいいのだ。
教室に行かず、保健室で過ごす彼女のことを何も言わない。何も聞こうとしない。いつも、焦点の合わないような覇気のない死んだ目をしている彼女を、気にかけてはいるが、彼も一応教員の身である。仕事というものは、嫌でも増えていくのだ。まるで、生きることを放棄したかのように毎日保健室に現れる彼女の面倒を見れるのは、自分だけだという優越感があるのも事実。他の教師なんかが、面倒見れるわけがない。
彼は、彼女の好意に薄々気づいているのだった。しかし、教師と生徒である以上、これ以上でもこれ以下でもない関係が続くだけなのである。仕方がないと思っていても、正直生徒だから、教師だからなんていうのは関係ないのでは、と考えているようだった。ならば、彼女の好意を受け入れるべきなのだ。なぜ、彼女からの好意を無視し続けるのだろうか。追い打ちをかけるかのように、彼女はまた彼に問いかける。
「先生、私のこと嫌いですか？」
そんなの、「嫌いじゃない」と言いたいのに、頭の中で鳴り響くのは警報。分かっているのだ、生徒である以上、下心は持ってはいけない。色目で見るのもよくないことだと分かっているのだが。
続く (更新停止中)
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