第66話 ページ16
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練習を終え、ダウンのストレッチをしているAに声がかけられる。A、と頭上から降ってきた低い声に振り返ると、案の定そこには徳川の姿があった。
「ストレッチが済んだらこい。」
「あっ、いや、もう大丈夫です!」
慌てて立ち上がってラケットを持ち、「行きましょう!」と徳川に笑顔を向ける。自分の想像以上に徳川から練習に誘ってくれたことが嬉しかったらしく、先ほどまでハードメニューをおこなっていたとは思えないほど活力がみなぎってきていた。
天真爛漫なAの姿を見て少し口角を上げた徳川が歩き出す。Aもその一方後ろをついて歩いた。
空いているコートに到着するや否や、徳川が10個のボールを取り出す。途端に緊張感が押し寄せてきて、Aはぎゅっとラケットを握り締めた。
何も地獄で遊んでいたわけではない。中学生達ほどのメニューでなかったとはいえともに練習を重ねてきた、そして人知れず10個の壁を越えようとしていたのだ。
9つは早い段階でクリアしていた。その代わり10個に到達するまでの道のりはながかった。今その苦労がやっと報われるかもしれない。
なにより、今日の試合で越前が10球を打ったことが大きかった。憧れの人の1番の後輩でありたいと願うのは何も可笑しくない。それもAの徳川への思いは恩もあいまって人一倍なのだから。
「まずは8球からはじめる。……いくぞ。」
「はい!」
徳川から放たれた8球のボールを打ち返す。数回ラリーをして、もう1つ追加された。
不安も嫉妬も、テニスをはじめればどうでもいいと思える……それくらいにAのなかでテニスは特別だった。だから親と会えてなくても耐えられたし、辛い思いにあってもテニスだけはやめたくないと思った。
ラリーのうちに全て忘れて、ただテニスだけに集中していた。そしてやっと、その瞬間が訪れる。
「10球だ……お前の実力を見せてみろ。」
「……やってみせます!」
1つボールが増やされ、10球。相手から打たれるボールを返すのは初めて、未知の領域だった。それでも本能の赴くまま、体に任せる……1球1球確実に、はやく返す。
9球を返し、ぎりぎりのところで10球目を捉えた。9球を打ったその腕には重く、キツい。それでも諦めるわけにはいかないのだ。
「私は……貴方を、越える!!!」
どこまでも高いその目標のために、10球うちはスタートライン。
声を上げながら腕に全ての力を込め、10球目を打ち返した。
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作者名:赤兎リエ輔 | 作者ホームページ:http://nekomoti
作成日時:2019年1月10日 0時