episode９２ ページ2
私が思っていたことは、まさにそれだった。
泉くんの優しくて温かくて、それでいて甘い声が、そう囁いた。
「……！ 私も、そうなの。声聞いて、安心したくて」
物理的に離れていても、どこかで繋がっているという実感を持ちたかったのかもしれないし、夏目の言葉に「私は幸せだ！」と言い返したかったのかもしれない。
ただ、そんなことは今はどうだっていい。
『俺──自分でも怖いくらい、あんたのこと好き』
抱えきれないくらいの幸せと喜びを、彼はいつだって与えてくれるんだ。
「騎士」として、「アイドル」としてじゃなくて、「瀬名泉くん」としての甘い言葉に、携帯を持つ手が一瞬ぴくりと震える程にドキッとした。
「………私も」
私はどうしようもないくらいあなたのファンで、虜だ。
それからというもの、ふと寂しくなることはあったけれど不安に感じることはなくなった。
泉くんとは物理的な距離があるだけで、大丈夫、繋がっている、と思えるようになったからだろうか。
以前のライブ映像や写真集を見れば、大好きな泉くんはすぐそこにいる。
なんだかそれだけで心が満たされるようになったのだ。
──まるで、"ただのファン"だった頃に戻ってしまったかのように。
「あ、Aちゃん待って」
大学の講義が終わり帰ろうとしたところ、りんちゃんに呼び止められた。
この後彼女はゼミがあったはずだけれど、私になにか用だろうか。
何だろう、と思い立ち止まると、こちらに駆け寄ってきたりんちゃんが耳元で言った。
「さかさきなつめくんって人、分かる？」
「……！」
アイドルや芸能人に疎い彼女の口から、その名前が出てきた事実に思わず目を見開いた。
さかさきなつめ。
逆先夏目。
先月再会してからというもの、あまり良い印象がなくなってしまった彼の名前。
「知ってるけど、それがどうかしたの……？」
恐る恐る尋ねると、りんちゃんは苦笑いをした。
「実はお姉ちゃんが──」
──Aちゃんと大学が同じだと知ったときは、正直驚いた。
元々学部もキャンパスも違うため会うことはなかったのだけど、彼女と休憩中に話しているときに初めてお互いの大学の話題になったのだ。
「え、私も大学一緒！ 学部は？」
アイドルを愛する彼女と、アイドルを憎んでいた私が、同じバイト先で出会い、しかも大学まで同じだなんて、不思議なことがあるものだと思った。
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作者名：咲愛 | 作成日時：2023年10月7日 18時
