〇≠無の証明Ⅳ－１ (ページ18)

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「……え、そんな昔……」
「兄が５歳のときでした」
「……」
「この病院には立入禁止区域の中に池があって……兄はそこで溺れて死にました、私はまだ幼くて記憶にはありません」
「……病気ではなく……？」
「病気で入院していたのは私です、兄は母の付き添いで来ていました。兄は退屈だったのでしょう」

言葉を失くして、頷くしかできない。

「私が自責の念に囚われないよう、母はずっとそのことを黙っていたようです」
「……はい」
「……80を過ぎたあたりから母に痴呆がでまして昔のことと今のことの判断がつかなくなってきています」
「……」
「それで時々施設を抜け出してここに来るようで……」

「でも息子を返せってことは……息子さんをこの病院に奪われたと思っていらっしゃる……」
松本さんの言葉に男性がハッとして目を上げた。

「息子に会わせて、ならわかるんですけど……返せ……というのは」
「……」

私も言葉をつなぐ。
「お母様は……もしかして息子さんは一人で禁止区域に行くはずがないと思っていたのではないでしょうか？」
「……え？」
「行っちゃだめよ、と言い聞かせていたのに勝手に行くはずがない……？マサトシ……？」

「なっ……！」
男性が後ずさった。
おばあさんが私の顔をぱっと見た。

「マサトシを知ってるの！」
おばあさんの目に一瞬正気が宿る。

「松本さん男の子見えますか？」
「中に入らないと見えない、待って」

松本さんが目を凝らす。

「なんですかあなた達は！」
男性が怯えたように私達を見た。
その反応は当然だ。

「だめだ、ここからは見えない」
「なにが……？」

「聞いてください」

おばあさんに声をかける。
おばあさんは私にすがりつきそうに膝をついた。肩を抱いたら崩れ落ちる。

「お母様の気持ちはわかりました、だれもまともに取り合ってくれなかったんですね、……弟さんのためにずっと我慢していたのですね……」
「……あ……」

おばあさんがポロポロと涙をこぼす。

「何故マサトシくんが一人で池にいったのか、病院は何故マサトシくんを知らぬ存ぜぬで通したのか、調べますから」
「……」
「この暑さです、お母様の体が心配だからお家で待っててください」

「はい……宜しくお願いします」
ハッキリとおばあさんがそういったのを見て、息子が絶句した。

「母さん？」
「キヨタカ、帰りましょう、この人たちにお任せします」

おばあさんが頭を下げて、くるりと背を向けた。