おうちゆきち【文スト・社長】

(９) ページ35

ふぎゃあああ！

……と、叫びたい気分を、レイヤはグッと押さえ。
それとなく、諭吉と距離をとってから、

「あ、あはははは……。やだなぁ、乱歩さん。いるなら『いる』って、言ってくださいよ」

すると、ダンゴをゴクンと飲み込んだ乱歩が、

「え？ でも、『いないなら「いない」って言え』とは書いてあったけど、『いるなら「いる」って言え』とは書いてなかったよ？」
「いや、あれはギャグって言うか、笑いを取るためにワザと……、って、あっ、ちょっ、まっ、それ最後のおだんご！」

レイヤの見守る先で、今まさに。
三人分購入したダンゴが、一人の名探偵の腹にすべて収まりきった。

うわあああ！

……と、やはり心の中だけで悲鳴を上げて。
楽しみにしていたダンゴへの未練を断ち切って、

「だ、だいたい……、乱歩さん、いつの間にこっちに来たんですか？ 玄関が開いた音とか、全然聞こえなかったですよ？」
「うん、玄関からは入らなかったからね」

「え！？ あ、もしかして、秘密の通路！？」
「そうだよ。僕んちのトイレの天井から、こっちの元・僕の部屋のベッドの下に続く通路から来た」

「そ、そうでしたか……。それで、乱歩さんが来たこと、気づかなかったんだ……」
「でもさ、元・僕の部屋のドアが開く音はしたはずだよ」

「え？」
「つまり君は、『福沢諭吉しか見えない』だけじゃなく、『福沢諭吉しか聞こえない』状態だったんだ」

事件の犯人を言い当てるような口調で。
ダンゴの串でビシッと指され。

いやあああ！

……と、いっそ大声を出してもよいのではないだろうか。
『諭吉さんしか見えない』と言った頃から、乱歩はこの場にいたのだと確信できたなら。

そんなレイヤの横を、三つの湯呑みを盆に乗せた諭吉が追い越して、

「乱歩。人の家を訪ねるに、門戸以外から入るものではないぞ」

そう言いつつも、さほど気には留めない様子で。
淹れたばかりの緑茶を、乱歩の前に置いたのだが。

「あ、僕、このお茶いらないよ。賞味期限、ずっと昔に切れてるもの」
「……何！？」

「だって、これ八年と三ヶ月前に顧客からもらって、『高級品だ、特別な時に淹れるとしよう』とか言って、食器棚の一番下にしまって、その後そのまま忘れちゃったやつだ」
「！！」

動けず、反論もできない諭吉に変わって。
レイヤが、台所に置いてある茶葉の袋を手に取って見れば。

その高級感溢れるデザインの隅に印字してある賞味期限は。
とうの昔に過ぎ去った日付だった。

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