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「…そろそろ帰るか」
「そうだね」
「じゃー最後に１箇所だけ寄りたいとこあるからそこだけ付き合ってよ」
「…どこ行くの？」
「ナイショ」
着いてからのお楽しみ、サプライズデートだからって。
走り出した行き先の告げられていない車は数十分走ってゆっくりと停まる。
「はい、着いたよ」
停められたのは…海沿いの駐車場。
道路の街灯しかない海辺は少し暗くてゆるりと吹く潮風は肌寒い。
ん、と差し出された手を握れば満足そうに笑って私の手を引いて歩き出す。
足を取られる砂浜も、転ばないようにと樹がゆっくりと優しく、手を引いてくれる。
「寒くない？」
「へーきだよ」
平気だと言ったのに樹が上着を脱いでかけてくれて。
「大丈夫だって、樹が寒いよ」
「お前の大丈夫は信用なんない」
前に�眞呂�んが言ってた言葉が思い出されて
「…ありがと、樹」
素直に受け取ったら嬉しそうに樹が笑う。
２人で座ってぼーっと波の音聞きながら、少し遠くに見えるお台場の夜景を眺める。
今の沈黙はとても心地良かった。
「……あ、車にスマホ忘れた」
ちょっと取ってくるから待ってて、って樹。
返事をして、さっき乗ってた観覧車の光を眺める。
真ん中に光る時計を見て、今日一日早かったなあなんて思い返す。
どの場面、どの瞬間を思い返しても樹はずっと笑ってたな。…その、優しく、柔らかく笑う樹の顔を見ると胸があったかくなる。
樹はずっと、私が気づく前からずっと。
その笑顔を向けてくれていたんだきっと。
「…A」
「樹おかえ……」
ぼーっとしすぎてたのか、後ろから名前を呼ばれて振り返ったら
「…え？」
視界いっぱいに青と白と赤の大きな花束。潮風に乗って花の匂いが届く。
「え、……え？樹、」
「Aが…欲しいって言ったんでしょ？」
『あとは…何でもない日にいきなり両手いっぱいの花束とかもらってみたい』
ああもう、ダメだと思った。
私の中の記憶が、点と点が。線で繋がって私に知らせる。
悪魔と天使が必死に私に言う。
私を大事に、ずっと甘やかして、優しさで包むこの人を、
ぎこちなく、恥ずかしそうに、花束を抱えるこの人を、大事にしたい、と。
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作者名：なち
| 作成日時：2021年9月23日 19時
