2話 ページ3
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ぽたり…
Aは自分の頬を伝う涙によって目を覚ます
静まり返った部屋、と呼ぶには狭くて薄暗く生活感のない質素な部屋にはため息すら響いた
(最後に心から笑ったのはいつだったかな)
夢の中の私はあどけなく、世の中のどす黒さを何も知らないんじゃないかと思う程無邪気に笑っていたが
今の私には昔の自分すら恨めしく感じる対象になっていた
Aは今、昔の自分には想像もできぬ場所で生きていた
裕福で何も不自由なく暮らしていた生活は、数年前に父親が濡れ衣を着せられて暗殺されたことを皮切りに一変した
最初は家族全員殺されるはずだったが、Aが神の目を所持していた事により裏社会に私と母親と妹は売り飛ばされた
売り飛ばされた後はその神の目を使い、口に出せない様な仕事をした
夜になれば無理やり男女の関係に付き合わされることもあった
そうして私が擦り切れて使い物にならない所まで行くか行かないかあたりになると
私が歯向かわない様に、逃げ出さないように、決して自害しない様に
母親と妹に会わされる
枷として母親と妹も生かされているのだ
私が頑張れば家族が生きていける
私が壊れれば家族が死んでしまう
銃口を自分で家族に向けている様な生活をしていた
「おい、仕事だ」
Aが昨晩好き放題されて汚れた体を清めていると、ノックも無しに扉を開けて男が入ってきた
男はAの一糸纏わぬ姿を下から上まで値踏みする様に見ると、満足したのか「用意が済んだら来い」とだけ言い帰って行った
「…反吐が出る」
もはや恥じらう心もとっくに擦り切れたAは
あの気持ち悪く纏わりつく視線を振り払う様に、頭からザバァと水を被ると髪や体を拭き仕事着を着用した
闇夜に溶ける様に口元まで黒い服を着て、Aの瞳の色は明るく目立つので、わかりにくいようにヴェールを顔の前に垂らす
「大丈夫、まだ大丈夫」
鏡に映る自分を見る
自分と定義出来る要素が微塵もない黒尽くめの女が立っていて、これはAじゃないと暗示をかける
Aは机の引き出しを開け、元は高価だったであろうボロボロの薄汚れたハンカチに包まれたロケット付きペンダントを首にかけ服の中に隠した
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作者名:みずと | 作成日時:2023年7月5日 3時