887話 廉貞と妹 ページ7
「最低ですよね……。たった1人の家族を護る為に自分の手を汚してきたのに、その手で護る筈だった妹をぶってしまうんですから……」
廉貞は小道具を棚の上に置くと、溜息を吐き忌々しそうに自身の右手を見つめる。その手こそ妹をぶってしまった手。彼はあの時の感触が今でも忘れられないのだ
「その時、妹に“お兄ちゃんなんか大っ嫌い”と言われまして……。そこから暫く会話の無い日々が続きました。当たり前ですよね、ただでさえ筋者が身内にいる事自体妹にとったら負担なのに、そんな兄から暴力を振るわれたんですから」
あくまで廉貞は独り言をしているつもりの様で、盆栽の手入れが終わればまた次の盆栽まで歩き、再び同じ様な作業を始めた
違和感しか無い行動であるが、左馬刻は話の骨を折る事も耳を塞ぐ事もしなかった。それどころか、寄せていた眉間の皺が無くなる程聞き入っていると自覚すらしていなかった
「最初は仕方ないと自分で納得させてました。自分が傷付けてしまうのなら、いっそ距離を空けるべきだ。ただ安心して暮らせる様に金だけ稼げばいいと」
再び不規則な乾いた音が鳴り始める
「ですが、その日からずっと何かが足りない……つまらない日々になっていました。家に帰っても会話は無く、ただ呼吸しているだけの様な虚無感に襲われる程に」
そして次は水を盆栽に吹き掛けた
「それから数週間経った日。家に帰る途中、とある店で足が止まったんです。喧嘩をする前、妹がオープンする日が楽しみだと言っていたケーキ屋です。その日がたまたまオープンの日だったみたいで沢山の客が賑わってました」
2鉢目も手入れし終えた廉貞は、一旦小道具を置き苦笑いを浮かべた
「気が付けば私の手元にはその店のケーキがありました。可笑しいですよね、距離を空けなきゃいけないと思っているクセに、ケーキ屋のオープンが楽しみだと言っていた妹の顔を思い出すと無意識に買ってしまうんですから」
再び小道具を手にした廉貞は3鉢目の盆栽へ移動する。彼はこの話をしている間、一切左馬刻の顔を見ていない。だから気付かなかった。彼が財布から“ある物”を取り出し、見つめていた事に
「喜ぶ妹をが見れるかもという期待と、拒絶されるかもしれないという不安を抱きながら家に帰りました。──そしたら………ふふっ」
あの日の事を思い出した廉貞は可笑しそうに笑った。それはそれは喜色が滲んだ声で言葉を繋げる
「妹も同じケーキ屋のケーキを買ってたんです」
33人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
刹那(プロフ) - クリームソーダ好きさん» クリームソーダ好きさん!応援ありがとうございます!これからも楽しんで頂けるよう頑張ります! (7月8日 17時) (レス) id: 474b3cc025 (このIDを非表示/違反報告)
クリームソーダ好き - とっても面白いです、!応援しています! (7月8日 11時) (レス) @page39 id: 4c76633c5c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:刹那 | 作成日時:2023年6月4日 10時