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パレスの廊下を歩いていたら、突然知らない力に引っ張られた。手首、手首を掴まれたんだと気付くのは、ずいぶん後。
「ぅ、わ……！？」
自分でも情けない声だと思う。視界は突如暗転し、支えもなく宙に放り出されたような感覚に陥る。んぐ、と声を出す前に口を塞がれた。原始的な、誰かの手のひらによる方法で。
…あったかい。
その温度を知らなければ、戸惑って怯えることも出来たのだろうけれど。生憎、この無骨な手のひらの造形を私は知っている。大きくて、食べられそうだけど優しい。
「おいおい、せっかく襲ったのにその反応は無いだろ〜主様。釣れないねぇ」
揶揄うような見知った声が聴こえるのを合図に、淡々と扉が閉まる。部屋に連れ込まれたのだと理解した。…方法がちょっと粗っぽいけれど。その時にはもう、頬をゆるりと大きな手に預けていた。
「ハナマル、」
「…あのさぁ…もうちょっと警戒してくれない？ そんなに気抜かれるとこっちも困るんだけど」
未だハナマルの顔は窺えない。背中のほうに居るからだ。頭上から降ってきた声は苛立ちに似ていたけど、私には分からない。…謝った方が良い、のかな？
「…お、怒ってる？ ごめんね。」
返事はない、もしかして火に油を注いだだろうか。執事のみんながあまり笑わなくなってから、虫の居処が分からない。だって、確かにいきなりで驚いたけど、その手が温かったから。そうじゃなければちゃんと抵抗も警戒もする。
これは、ちゃんと言った方が良いのか。伝わるかは、分からないけど。
「あの、これはね…？ 私、」
「あー、分かった分かった。…良いよ、なんも言わなくて」
「わ…っ」
くしゃり、と頭を撫でられたのが。やんわり言葉を拒絶されたように思えて、壁を感じる。
(どうせ、ロクでもない事だろ？…今更、信じてるだとか、何とか)
どうしても、届かないものだろうか。
「それより、その傷どうした？ 首の。どーせまたラト辺りだと思うけど」
「あ…、う、うん。痛くは無いよ」
視線の通り、首筋にはまだ消えてない痕が残っている。消えるのは、もう少しかかるだろうか。
(…どうせ消えるのにな。こんなに柔らかいものは、塞いででも)
「昨日はルカス先生だったろ、処置してくれなかったの？」
「あ、うん、“余計に傷広げちゃいそう”って言われて」
「あー……ね」
あの人ならやりそうだ。
っていうか、執事なら、誰でも。
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