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「忘れてください、絶対に。」
そんなこと言うのなら、忘れられないようなことなんて、せんといてほしかった。
私を腕の中から解放して、顔も見せずに帰っていったせーちゃん。
人は不思議なもので、持ってないもの、知らないものを目にすると、途端に魅力的に思える。
そして、知りたくなる。
手に入れたくなる。
今夜は、一段と冷えて、お客もつかなかったから、１人月を見上げながらそんなことを思う。
「ずるい人は、あなたの方。」
思い出すだけで、それだけで十分だったのに。
それ以上の感情を教えたのは、せーちゃん。
それなのに。
襖が開く音がした。
私がいることに気づいてない梅か、いる時は声を掛けてから入れと口酸っぱく言っているから。
「うめ、確認してから入り」
と、振り向いて、身体が動かなくなった。
「だ、れ…。」
入ってきたのは梅ではなかった。
男が、私の部屋にいる。
しかも、見覚えのない男。
助けを求めようと口を開いたのに
「だれか…っ！」
『来て』の二文字は発することが出来なかった。
「ん〜！！うっんー！！！」
「暴れるな。」
そう動きを止めるよう言われ、それでも抵抗していたら
「っん！！！」
腹部に鈍い痛み。
「女やから、手上げへんとでも思ったか…？」
黙った私に満足したのか、私を見下ろす汚い目つき。
『尋常やない気がした』
柊和の言っていた言葉を不意に思い出した。
「ほう。聞き分けはええんやな。さすがはここで１番のもんや。」
そう言い再び腰を下ろして近づいてくるから、思わず顔を背ける。
パンッ！
瞬間、頬をつらぬく鋭い痛み。
「気に入らへん。」
火に油を注いでしまった。
もうなにをされるかわからない。
黙ってられるわけがなかった。
「いや！やめて！！、せー、ちゃん…！！」
とっさに口から出たのは、店にいるはずの楼主でも、頻繁に来てくれる柊和でもなく、彼の名前だった。
普通に考えたら、ここにいるはずのない人を呼ぶなんて、この時の私はどうかしてた。
そのうち、そんな助けも呼べるような状況でもなくなって。
私の口からは、震えた声が断続的に出るだけになって。
「や…いや！やめっ、んっ！」
なぜ、こんな目にあってるかわからない。
だけど、目の前の男は
「これでええんや。もう二度と…！、」
そう、呪文のように呟いていた。
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作者名：ゆう
| 作成日時：2017年9月6日 19時
