再演 第七章 ページ7
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亜久津仁は、一度テニスを辞めている。
都大会決勝、越前リョーマと対戦し、負けた時のことである。それを機にラケットを手離した亜久津を待っていたのは、虚無と居心地の悪さだった。手の中のグリップの感触が薄れて初めて気づいた、テニスへの未練。自分から突き放した存在に今更手を伸ばすことへの迷い。そんなものが腹の中でぐるぐると渦巻いている。それなのに、もう一度テニスに縋りついたところで、ただあっけらかんと競技を楽しめるはずはないのだ。だって亜久津は、既に負けている。心が自らの負けを認めている。
そんな亜久津を再びこの世界に連れ戻したのは、千石清純だった。
混沌とした葛藤の中から、千石に引きずり上げられて、亜久津は再び戦うことを決めたのだ。足掻き続けることを決めたのだ。
だから亜久津は、その苦しさを知っている。この合宿に参加している中学生たち、それぞれ色々な葛藤や挫折を味わってきた彼らにはない、その苦しさを知っている。急に心臓が肋骨を殴りつけてくるような、陸に居ながら呼吸の仕方を忘れるような、全身を巡る血液がマグマにでもなったかのような。どうしようもない、どうしたらいいのかもわからない、ただうずくまって呻くしかできないような苦しみを知っている。行くも地獄、帰るも地獄、止まるも地獄、だ。
そんな亜久津だからわかる――一度テニスから離れ、テニスという世界を、俯瞰で見て感じた亜久津だからわかる。
AAは、テニスなどやるべきじゃないと。彼にとってそれは、苦痛だけを与える拷問道具でしかないのだと。彼の苦悩は、帰るも地獄、止まるも地獄――それでも、行けば更なる地獄だ。それに比べたらきっと、亜久津の苦しみなど屁でもない。
「――テメェは戻ってくるべきじゃなかった」
亜久津は淡々と繰り返す。Aは、表情を変えない。
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角砂糖(プロフ) - 美琴さん» ありがとうございます!!(大声) (2020年3月11日 19時) (レス) id: 651af228bd (このIDを非表示/違反報告)
美琴 - 好きです(突然の告白) (2020年3月9日 20時) (レス) id: 0419c563a9 (このIDを非表示/違反報告)
角砂糖(プロフ) - 蘇芳さん» この作品を愛していただき本当にありがとうございます。この話の続編は、今の所はあまり考えていません。今非常に私生活が忙しく、それが一段落したら何か書きたいなとは思っていますので、いつになるかわかりませんが、もし気が向けばお付き合いいただけると幸いです。 (2020年1月30日 4時) (レス) id: 651af228bd (このIDを非表示/違反報告)
蘇芳(プロフ) - とても面白くて一気に読んでしまいました!もしもあるのなら続編楽しみにしています。これからも頑張ってください! (2020年1月24日 20時) (レス) id: ec6c109e68 (このIDを非表示/違反報告)
ピット☆(プロフ) - 角砂糖さん» そうです!覚えていてもらえて嬉しいです!!予定があるかはわかりませんが次の作品をお待ちしてます! (2019年11月20日 1時) (レス) id: f631e9f6d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:角砂糖 | 作成日時:2019年3月18日 21時