【luz】この想いは、気付かれぬまま。 /時雨 ページ16
*
「今日は月が綺麗ね」
私の斜め後ろに立つ貴方に、そう言った。天井まで高く伸びた、汚れの一つも見えない掃除の行き届いた窓ごしに見える月を見つめながら。
今日は満月だった。
この部屋は壁一面に備え付けられている窓のおかげで、月の光が全面的に入るような造りになっている。
だからか、貴方のその柔らかな髪の色は、月の光に照らされてきらきらと、輝いているように見えた。いや、実際にはそんなことないんだろうけど、でもどうしてか、私にはそう見えてしまうのだ。
(…これが、貴方と過ごす最後の夜だからかな)
とある国の国王の娘、所謂姫である私は明日、隣の国の王子と婚姻を結ぶ。それは私が望んだことではないけれど。
ここ最近の我が国の財政は逼迫しており、このままじゃ借金地獄になるというところにこの縁談は舞い込んできた。
なんでも、以前周辺国との交流を目的とした舞踏会で、私の姿を見た隣国の王子が、…自分で言うのも恥ずかしいのだが、簡潔に話すと惚れたらしい、私に。
それで、私を妃に迎えるかわりにこの国に多額の資金を援助してくれるそうだ。勿論、だからといってよく知りもしない人の元へ嫁ぐなんてこと、したくもないが厳格な父が…国王が私に頭を下げて頼み込んできたのを断る術など持っていなかった。
…けど、私には、
「…そうですね、」
少しの沈黙のあと、彼から言葉が返ってきた。それに、そういったことに興味がなさそうな彼のことだから何となく想像はついていたことだけど、少しがっかりした。
私は、彼に、ルスに想いを寄せている。
ルスは私の直属の騎士だ。ずっとずっと昔から私に仕えていて、私に何かあったらすぐに腰に差した剣を抜いて、私を命がけで守ってくれていた。
普段はのんびりとしていて、天然で、でもいざとなったら私の為に戦ってくれるルスが、私は大好きだった。
けど、その想いが報われる日などもう来ない。彼に想いを告げることはもう許されない。
だからせめて、『月が綺麗ですね』というどこか遠い国で話題になったらしいこの隠れた愛の言葉で伝えてみたが、やはり彼は気づいていないようだった。
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