雨に沈む傘【オリジナル小説】 (ページ10)

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エピローグページ10

思えば、私はいつもその子と手をつないでいた。というか、いつの間にか手がくっついていたと言った方が正しいかもしれない。本当に無意識のうちだったから、あの子の方からつないできていたのだというのに気づいたのもずいぶん後になってからだった。

「しーちゃん？」
「なに？」
「……ううん、なんでもない」

　とはいえ、私がそれに言及したことは一度もない。あの頃は、言ったら手を離されてしまうような気がして、とても言い出せなかったのだ。手をつないでもらえること自体はとても嬉しかったから、まあいいかと思いながら握り返していた。

　高校の入学式で見つけたその子は、私の記憶の中の姿とずいぶん変わってしまっていた。もちろん一目でわかるくらいには昔の美少女然とした面影も残っていたけれど、それがとても大人っぽくなっていたのだ。その子の可愛さは、なんだか近寄りがたい美しさに昇格していた。もう、その子というより、その人と言った方が適切だろう。

　眠気を誘う式を終えて退場した列は、体育館を抜けて本校舎へ入ったあたりで崩れていた。既に何人かの男女に囲まれて談笑しているその人を見つけて、自然と目がその姿を追う。ずいぶん親しげだったから、みんな同じ中学の友達同士だったのかもしれない。

　その人とは学区の関係で小学校から離れてそれきりだったから、それが少しだけ羨ましいと思った。私の中学の友達はみんなバラバラの高校に進んだから、高校で見かけるのは同じ中学だった“だけ”の人だ。

　強く期待していたわけではないけど、せっかくその人と一緒になった高校でもクラスは分かれてしまった。覚えているか確かめてみたかったけど、性別も違うし、クラスも別だし、向こうは人気者だし、とてもハードルが高い。
　私も人と話すのが苦手というわけではないのだから、友達はすぐできるはずだ。無理を押してまでその人に固執する必要もない。

何より、もう一度彼に関わってしまったら、あの頃の気持ちが溢れてしまって、戻れなくなると思った。

思って、いたのに。

　ぶかぶかのジャージからは嗅ぎ慣れない、さっきまで隣にいたその人の香りがしている。
　はやく洗濯しなきゃいけないというのはわかっていた。でも、まだどきどきするから、顔が、手が熱いからと言い訳をして、顔をうずめて小さく丸まったままで、動く気にはなれなかった。