雨に沈む傘【オリジナル小説】 (ページ9)

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八話ページ9

信号を渡り切ったところで曲がって、さらに次の角ですぐに折れる。

「ここですか？」
「うん」

　二ノ宮と書かれた表札を視界に確認したらしい静霞に、伶香が頷いた。結局最後まで静霞が持っていた鞄が、ようやく伶香の手に帰ってくる。
　雫の浮いた門扉に手をかけると、自然に二人の手が離れた。開けて中に入ると、静霞の傘も遠ざかる。狭い玄関ポーチには屋根があるので、もう濡れる心配はない。

「送ってくれてありがとう、助かった」
「いいえ、折り畳み傘、ちゃんと持ち歩くようにしてくださいね」

次にこんなことがあっても私が居合わせるかわかりませんし、と言う静霞に、伶香は一拍遅れて頷いた。

(見つけたら送ってくれるつもりなんだ……)

　そのどれくらいあるかもわからない確率にかけてまた濡れて帰ってみようか、なんて考えてすぐにごみ箱に捨てた。あまりにも馬鹿げている。それよりも風邪をひく可能性の方がはるかに高い。

「あの、ジャージ、洗って返すね」
「急がなくていいですよ」

　そう？と返しそうになって、伶香は勢いよく首を振った。今日は静霞思に散々に負かされていたので、つい流されそうになってしまった。家に入ったら真っ先に洗濯機を回そう、と誓う。

「いや、すぐ、明日！明日返すから」
「いいのに……ふふ、わかりました」

　それじゃ、と軽く挨拶を交わして、がちゃりと鍵を開ける。
　家の中に入ったところで一瞬門の方へ目を向ければ、まだ静霞が立っているのが見えた。

「れいちゃん、また明日」

　玄関の扉が閉まる直前、手を振った彼の声が耳に届く。

「……え」

　バタンと外の雨の音を切断されても、伶香は閉じた扉の向こうの静霞を見るように、ぽかんと玄関扉の真ん中を眺めていた。

「しーちゃん」

　答えるように呟かれた伶香の小さな声は、もう彼に届かない。

「もう覚えてないかと思った……」

　震えた声で続けた伶香は、顔を抱え込むようにしてしゃがみ込んでしまった。
　