六話 ページ7
くっついていれば、彼の傘は二人を守るに十分な大きさをしていた。高さを極力伶香に合わせて低くしているのか、静霞の頭が傘に触れている。見上げた伶香は、髪の毛が絡まりそうだな、と思った。
「ん?」
「いや……傘、もっと高くしていいよ」
「濡れてしまいますから」
つい数十秒前と同じセリフを繰り返された。食い下がってもまた言いくるめられるんだろう、と察した伶香は、早々に諦める。
沈黙が落ちた。
ざあざあと響く雨の音は、二人きりを意識させるように世界を切り取っているようで、気まずさよりも緊張の方が勝る。何か話そうと話題を探して、つと静霞の持つ本屋の袋に目を留めた。
「本屋で、何買ったの?」
開いた口は、墓穴を掘るだけだった。伶香は普段本を読まない。答えようとした静霞を慌てて止める。
「……自分から聞いたのに」
「だって、話続かなくて、気まずくなりそうで」
「最近話題になってるやつなので、二ノ宮さんも知っていると思いますよ」
静霞は袋を持ち上げて、透ける本のタイトルを見せた。確かに見たことがある。
「図書室の入口のとこに置いてあった気がする」
ポップもつけて、通りすがりにも見えやすいようにされていた。
「ええ、私も最初は借りて読んだんです。気に入ったので買っちゃいました」
「何回も読むの?」
「私は、最低でも二回は読みます」
「飽きそう」
「まぁ、それは人によりけりでしょうね」
二ノ宮さんは一度読んだらそれきりのタイプですか、と聞かれて、伶香は答えに詰まった。
「私はそもそも本読まないから、わかんないや」
「おや、意外ですね」
「そう?」
「一人の時は静かに過ごしている印象があるので」
「それ、誰かといるときはうるさいってこと?」
「いえ、そういうわけでは……確かに、ずいぶん雰囲気が違うとは思いますが」
人といるときの伶香は基本的にテンションが高い。
その際にエネルギーをすべて使い果たすのか、それとも歩くスピードと同様に、誰もいないときに表情を動かすのが無駄だと思っているのか。
一人の時は打って変わったようにすとんと表情が抜け落ちるのである。
「……あなたは、一人で読書をするよりも誰かと賑やかに過ごしている方が、いいかもしれませんね」
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作者名:翡翠月 | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/hisuigetsu
作成日時:2022年3月4日 12時