雨に沈む傘【オリジナル小説】 (ページ6)

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五話ページ6

「駄目です」

　そういえば、何故か彼の目が微妙に明後日の方向を向いている。同じ方向を追ったが、特に何があるというわけではなかった。ただ雨で灰色に歪む景色があるだけだ。

「……下着を見せびらかしながら帰るつもりですか？」

　恥ずかしさを蹴っ飛ばして、光の速さで袖を通した。途中でするりと手から鞄を奪われる。

「も、もっと早く言ってよ！」
「少し考えれば気づくでしょう……」

　ぎゅ、と両手で前を閉じて噛みつくようににらみつければ、深い深いため息をつかれてしまった。確かに、ブレザーを着ていない今日は、濡れたらワイシャツが透けてしまう。伶香の頭はどれくらい濡れるか、急いで帰る意味があるかの二点だけで、下着にまでは至っていなかった。

　思えば、先ほどのおばちゃんが気にしていたのもこれだったのかもしれない。

「余計なお世話かもしれませんが、キャミソールなどをワイシャツの下に着たほうがいいのでは」

　本当に余計なお世話である。明日からそうしようとは思いつつも、伶香は無言でもってそれに答えた。

　ジー……とチャックを上まで閉めて、もう見えないよと声をかける。そっと静霞の視線が戻された。彼の目に映った伶香は、まさに服に着られているといった風だった。肩幅も丈も、袖の長さもすべてがガバガバだ。静霞はふ、と微笑を浮かべた。

「それじゃ、いきましょうか。家、ここから近いですよね」
「あと五分くらいかな」

　といっても、いつもの伶香の歩調なら、である。一人で歩くときの彼女の足はべらぼうに速い。追いかけてきた友人に、「競歩でもしてんのかと思った」と言わしめるほどだ。
　だって話し相手もいないのにのんびり歩く意味が見いだせない。

「あの、近いんだけど」

　とん、と肩が当たって、伶香が抗議の声を上げた。いい匂いがする。雨の匂いに負けないくらいいい香りを漂わせる男子を、伶香は知らない。
　離れようとしたら、本日二回目の駄目ですをいただいた。

「濡れてしまいますから」
「いや、もう濡れてるし」
「では言い方を変えましょうか」

　あまり離れると私が濡れますが、いいんですか。

「……」

　それこそ当初の予定通り自分が一人で濡れて帰ればいいのではと思ったが、静霞がこれ見よがしに傘だけを伶香に向かって差しかけるので、諦めた。
　黙って離れかけていた肩をくっつけた伶香に満足したように、静霞が傘の位置を真ん中に戻して歩き出す。