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目の前の神様は纏里に向かって頬を緩める。こちらに伸びてくる腕、伸びきっている鋭利な爪、鋭い歯、こちらを見つめてくる瞳。集落で稀に噂になっていた人を食べるというカニバリズムの存在、対面するのは初めてだったが、何となく神様だと祀られていたのはカニバリズムだったということに気付いた。数年に1度捧げられる生贄や供物で飢えを凌いで生きてきたのだろう。否、森に入って行方不明になった子供なども彼が食べていたのだろう。
恐怖で震える声で「 なんで神様なんや 」と問いかけると、カニバリズムは更に口角を上げて冷たく笑う。「 異能の関係でね。私は重宝されているんだよ 」初めて神様が口を開いた。神様は思ったよりもまともに話せる相手だったようで、ゆっくりゆっくりと何かを話しながら纏里の指先に歯を立てる。血が滲んでいく様を恍惚とした表情で見つめている目の前の神様は化け物でしかない。
早く、早く、逃げなきゃ。
神様は、纏里のまだ幼い体を抱き寄せ、夕と夜の狭間を閉じ込めたような瞳に手を伸ばす。目からぼたぼたと生ぬるい血液がこぼれていく。痛い。まだ見える左目で捉えた神様は、抉られた右目を愛おしそうに見つめていた。本当に気味が悪い。そんなことを思いながら後ずさろうとした次の瞬間、鼓膜が破れそうなほど大きな爆発が目の前で起こった。反射的に神様は纏里から手を離したため、纏里は神様の腕を抜け、山頂から飛び降りるように下りの獣道を走り続けた。爆発がなんだったのか、その時の纏里には到底理解が及ばなかったが、とにかく逃げるなら今しかないと思い、獣道でできた傷だらけの足を引き摺り、抉られた右目のあった位置を手で抑えながら集落の近くまで戻ってきた。
しかし、生贄となった纏里が戻ったところで、集落の人間はまた神様なんてものに纏里を捧げるのだろう、"戻ったところで結果が同じになるくらいなら"と思い、纏里は集落の人間から隠れながらひとりぼっちだった家で最低限の荷物をまとめ、急いで集落を出ていった。
ずっとずっと走って、ずっとずっと歩いて、ときにはよく分からない乗り物に乗りながら「とにかく遠くへ」と逃げていった。
そうしてたどり着いた場所は関西から少し離れた地域。
そこで偶然誘われて軍人の見習いとして働くこととなる。元々体力があり、運動することは好きだったため、訓練は楽しかった。住み込みでの仕事だったため、住処に困ることもない。彼にとっては天職だった。
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作者名:兎依 | 作成日時:2022年11月2日 22時