つまらない女。【日々樹渉】

5.妄想 ページ8

ハァッ、と息を大きく吐き出して、また不規則なリズム呼吸を繰り返す。

アイドル科なんて来たことがない。ひたすら走っていたのが間違いだった。出口なんて当然分からずに右往左往している。なのに、何故だか少し嬉しいような気もする。
このまま家に帰ってしまったらまた明日が来てしまう。また家でも学校でも1人になってもどうせ1人。それが嫌だった。

自分でもとんだ拗らせ者だと思う。でも、たまには逃げ出したい。学院からもし出れたとしても、このままどこかで1泊しようかとも考える。



もし、私がいなくなったら劇はどうなるんだろう。ふと考えて、辞めた。
どうせ周りが好きなのは演技だけなのだ。…それに、憎まれていないわけじゃない。これで主演が取れると思う人だっているだろう。

なんともまあ、惨めなんだろう。全て諦めて努力しても、名誉しか残らないなんて。

夏よりかは涼しくなったこの季節でも、流石にまだ夜は気温が高い。じっとりと湿って頬を伝う汗を拭って引きずるように足を動かした。夜空に光る星さえも、私には眩しすぎる。


客はおろか生徒すら見当たらない場所を歩いていると、ガーデンテラスだろうか、建物が遠目で見えた。校門から入った時にガーデンテラスを見たので、きっと出口が近いのだろう。

そう思って早めた足を、思わず止める。…目の前に、例の後輩がいたから。


｢……氷鷹、北斗｣


あの日々樹渉の愛しい後輩がこちらを振り返った。ここから彼までの所は遠いし、木も多いからきっと私は見えていないだろう。けれどなぜだか木影に身を隠してしまう。

本当にただ振り返っただけらしく、彼はすぐに顔を戻す。…好都合だ。ここで会っても不法侵入だとかであらぬ疑いを掛けられそうだし、帰ってしまおう。そう思って足音に注意して歩く。

けれど、彼の発した言葉で歩くのを再び止めた。



｢…部長？まだ帰ってなかったのか｣



頭が言葉を理解する前に反射で後ろを振り返る。そこには、確かに浮いていない、本物の日々樹渉の姿があった。
呼ばれた彼がこちらにゆっくりと歩いてきて、私の横を通り過ぎる。暗くても、目はしっかり合ってしまった。

それなのに、彼は表情一つも変えず、ごく自然に私から目線を外した。まるで私が見えていないかのように。


｢こんばんは北斗くん！良い夜ですねぇ｣

｢何してるんだ、あんた…｣


私の後ろで会話を始める2人。
呼吸する度にさっきの公演がフラッシュバックしてしまって、気づけば、逃げるように駆け出していた。


あんなに遠かった正門を通り過ぎる。もう、ここには二度と来たくはなかった。

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