第142話 ページ3
信濃が刀を引き抜こうとしたその時、ばちりと鋭い音と共に風が吹き荒れ、彼の頬に一筋の傷が現れた。
引き抜こうとしていた刀を鞘に戻すと風は収まり、同時に切れた頬からつぅと血が流れる。
突然のことに吃驚した一期が飛び出し、懐から取り出したハンカチで信濃の頬を押さえた。
「どういうことだ…！こんなこと、どうして早く言わなかったんだ？」
「ごめん…こうなってすぐ二代目も死んじゃったし、そのあと代わる代わるやってくる後任の対処で、いち兄もみんなも大変そうだったから…幸い、俺はみんなみたいに傷は深くなかったし」
気まずそうに顔をそらす信濃に、一期は言葉を詰まらせて、やがて「気づけなくてごめん」と漏らしてから頭を撫でつける。
そんな二振りの様子を眺めながら、一人脳内で呪術関連の知識をひっくり返していた僕は、その中に信濃の症状と一致するものを見つけて、深い息を吐きながら立ち上がった。
「なるほどね…こりゃ厄介だ」
「代理殿…貴殿を害そうとした私が、このようなことを申すなど、大変な無礼であることは承知しています。どんな罰も受ける心づもりです。
だからどうか、信濃を…弟を、救ってはいただけませんか」
懇願するような一期に、僕はへらりと軽い調子で笑って見せる。
「んはは、大丈夫だよ。あなたに罰なんて与えないし、信濃もちゃんと助ける。
それが…三日月たちと交わした約束でもあり、僕の目的達成の第一歩でもあるからね」
そう言って得意のウインクをしてみると、一期は安堵したように詰まらせていた息を吐いた。
それから信濃の方を向いて、僕は彼の刀を見ながら顎に手を当てる。
「一応確認するけど、刀を抜いた時、かまいたちが起こってたよね？それ以外で、信濃にダメージって入ってるの？」
「いいや…抜こうとするとかまいたちに切り裂かれはするけど、刀には当たらないみたいだよ。
なんというか、風が刀を守ってるみたいな…」
「ふむふむ…ということは、やっぱりあれか」
「何か心当たりが…？」
緊張した面持ちの一期に頷いてから、僕は信濃に手を差し出した。
「信濃藤四郎。もしも、再び刀として全うしたいと願うなら…僕を信じてくれるなら。君を、僕に預けてくれないかな？」
唇を引き結び、ごくりと生唾を飲み込んだ信濃は、やがて意を決したように僕の手に己の本体を載せた。
「…うん。信じるよ。だから、お願い…俺を助けて…！」
「っ…よく言ってくれたね。それじゃ、始めようか」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年12月2日 0時
