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先を歩く秋彦の背中にAは「なんで行く気になったの?」と声をかけた。
「え?」
「さっきの。スイーツバイキング。どうしてみんなと一緒に行く気になったの?最初は少し嫌そうにしてたのに」
「ちょっとな。そっちこそ、最近知り合った奴にあの券渡しちゃってよかったのか?」
「いいじゃないの。甘いものが好きな人が貰ってくれた方が」
「ん?あの天人の女の子が?」
「……いや、銀さんの方」
「へー。そんな話してたけっか」
「したよ。……秋彦がいない時にね」
秋彦は会話中後ろを振り返らなかった。
だから知ることは無かった。Aの表情が強ばっていることに。
「A。あの件は進んでいるのか」
中島一二三はその日の夕飯時、珍しく口を開いた。
「あの件てどの件」
「……初夏展のことだ」
初夏展とは、中島画塾生の過去一年間の作品が展示される展覧会のことだ。
絵画の販売が行われる他、名のある画商も訪れるため、主に塾生達がコネを広げるために利用される。
忙しい一二三に代わり、毎年展覧会の運営の中心はAに任されている。
「あ〜そういやもう5月か」
「大丈夫なのか。あと2週間だぞ」
「大丈夫大丈夫。会場は取れてるし。ポスターも印刷して貼ってくれるところに配送したし。ニュース番組とかの紹介に関してはこれから捌いていくとして……残りは作品の選別と梱包くらいだよ。完璧!」
「いつもその作品の選別と梱包でごたついてるだろう」
「うっ」
「今年は明日から数日出張があって塾生がその間半分になるんだ。例年より忙しいんだから、ちゃんと計画を―――」
「わ、分かってるよう……」
一二三とAの独特の雰囲気に他の塾生の雰囲気もほころぶ。
一二三は食事中の会話を咎めることはしないが、師匠である彼が口を開かない日はA以外が口を開くことはない。
こういった日には塾生たちは会話しながら食事を楽しむことができる。
それは塾生たちにとっても嬉しいことだ。一人を除いて。
ごちそうさまでした、と礼儀よく手を合わせた後、秋彦は素早く立ち上がった。普段より完食が早い。それに気が付くのはいつもAと一二三だけだ。
「まあ、秋彦さんがいればなんとかなるだろう」
塾生のだれかが初夏展についての会話の端でそう言ったのは、秋彦の耳にも入った。それに反応することなく、調理場に運んでいた自分のトレーをぐっと握りしめた。
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作者名:mire | 作者ホームページ:http://id27.fm-p.jp/456/0601kamui330/
作成日時:2020年10月10日 22時