お風呂 ページ48
一度目を閉じてから、博喜は司咲をまっすぐ見つめた。
「で、どうすればいい?」
「博喜さんは何もしなくていい。……私がやるから」
「そうは言ってもなぁ…。顔真っ赤だし、手震えてるよ」
頬を包んだ両手を優しく下ろされた。
「しなきゃいけないなら、俺からするよ」
電話の向こうからヒュー、という音が聞こえてきた。
「うるさいよ」
「……切る」
「だな」
今までその選択をしていなかったのが不思議なくらいだ。司咲の指が通話終了ボタンを押す前。
「基くん、帰ったら私を抱きしめて。……お兄ちゃん」
『おぉ。いいよ。なーに、司咲。甘えたくなったの?かわいい妹だなぁ』
「そんなんじゃないし」
電話の向こうで笑う声が聞こえる。
「来夢くんたちは今度時間がある時でいいからご飯でも行こうね」
『是非‼』
3人分の是の声に司咲は嬉しくなって微笑んだ。
「それじゃあね」
そう言って電話を切った。途端に司咲の心臓が大きく高鳴った。
___好いた男を助けたいだけだろう。
___好きだと認めることもできない臆病者が。
不意に調伏した霊の言葉が蘇ってきて、博喜を振り返ることができなくなってしまった。ドキドキと高鳴る心臓がまるでその言葉を肯定しているようで、なんだかそれは癪だった。
「つか」
「おっ、お風呂‼入れる。先に入って」
博喜の言葉を遮って、司咲はそう言って赤くなった顔を隠すように風呂場へ向かった。
「ち、違う」
否定するように頭を振って、司咲は浴槽を掃除した。恋なんてしていないと、言い聞かせながらお湯が溜まるのを待った。ただただ恥ずかしくて、博喜の唇に触れるのを少しでも先延ばしにしたかった。
顔を直視できなくて、その胸に基裕が忘れていったジャージを押し付けた。
「大丈夫?」
心配そうに声をかけられて、何故か焦った。
「だっ大丈夫っ!」
「やっぱり、嫌だよね。ごめんね」
「べ、別に嫌ってわけじゃ…」
「無理しなくていいよ。誰だって好きでもない男とキスするのは嫌だよ」
ポン、と頭に彼の大きな手が乗って少しだけ撫でられた。
「は、恥ずかしいだけ!嫌なわけじゃない!」
やっと上がった顔。茹で上がったかのように赤くて、博喜はその頬を数回つついた。
「早く入ってきて!」
「じゃあ、ありがたく」
博喜の背を送って、司咲はその場にしゃがみ込んだ。
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作者名:星ノ宮昴 | 作成日時:2021年6月29日 15時