51: 神宮寺寂雷の世界 ページ12
彼は怒っているだろうか。
急患で午後も返上して結局この時間だ。しかし、人命には代えられない。…彼は、怒っているだろうか。
いっそ怒ってくれた方が寂雷にとっては喜ばしい変化なのだが、彼の頭の隅には良くても寂しそうに目を細める顔しか浮かばなかった。
ひんやりとした地下駐車場。車のロックを掛け、エレベーターに乗る。この時間に出入りする人間は意外と多いのだが、エレベーター内には寂雷の姿しかない。
喧嘩しているという事は無いだろうが、あの子は馴染めているだろうか。彼が少しでも人馴れしてくれるといいのだけれど。
雪切がどうしているか不安を抱えながら、微妙な足取りで扉の前に立つ。早く顔を見たいはずなのに扉を開けることが憚られ、しかし結局鍵を開けて中に入る。
「ただいま…。」
…いや、何故私は小声なんだ。いっそのこと勢いよく入った方がいいのでは…?にしても、妙に静かだな。
嫌な静けさだった。いつもあんなに元気な一二三の声も聞こえない。しかし廊下の先のリビングから明かりが漏れている。一体どうしたのかと首を捻った時、リビングから声が聞こえた。
「__え、ま_____って!!ちょ、___くれ__み!!!」
独歩君の声…?
訝しく思いつつ靴を脱いでリビングに近づく。寂雷は腹を括って、なるべく自然体で足を踏み入れた。
「すまない、遅れてしまっ……え?」
その光景は、隕石が墜落するような衝撃をもたらした。頭が真っ白になった。
ソファの肘置きに独歩のものと思われる頭。近づく雪切の欲望を湛えた顔。艶めかしく弧を描いている腰付きはまさにこれからの行為を安易に想像させる。
寂雷の声に気づいた独歩が半絶叫ともとれる声音で訴える。
「せっ…先生ぇ!!だずげでぐだざいいぃ…!!!」
組み敷いている相手の声に驚いたのか定かではないが、雪切が顔を上げる。
__なんて顔をしているんだ。
「ん、ぁ…?……………__え。」
色情する獣の様な_しかし昏い川底のように濁った_瞳、高揚した頬、悩まし気な眉、怪しく享楽へ誘う唇。
しかしそれらはその瞳に呆然と立ち尽くす寂雷を捉え、みるみるうちに熱を引いていった。
「…取り敢えず、独歩君が困っているから、降りようか。雪切君?」
人は焦りが許容範囲を超えると、逆に冷静になるらしい。
171人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「ヒプノシスマイク」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
Last(プロフ) - のそけさん» ありがとうございます。シリアスものは批判という名の逆境も多いですが、そう言っていただけるととても嬉しいです。 (2020年5月23日 22時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
のそけ - つらいけど、いい作品でした。ありがとう。 (2020年5月16日 19時) (レス) id: d765cbd891 (このIDを非表示/違反報告)
ぴみゃ@ごりらー(プロフ) - え……好きです……() (2019年10月31日 17時) (レス) id: e205c70a13 (このIDを非表示/違反報告)
Last(プロフ) - 彩晴さん» こんにちは。小説を書いていて喜びを感じる時は、作品を書きあげた時と、やはりこうして感想をいただいた時ですね。それはどんなに時間が経っても変わることは無い様で。僕からも感謝を。この作品を愛していただき、ありがとうございました。 (2019年5月16日 23時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
彩晴(プロフ) - こんにちは。作者さんの世界観に取り込まれて、一気に読破してしまいました。話の流れや表現の仕方、なにからなにまで自分好みで。読んでいてとても心動かされる作品でした。完結してから期間あいておりますが、この感謝を伝えたくて。これからも作品楽しみにしてます。 (2019年5月16日 17時) (レス) id: 332aee91a7 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:Last | 作成日時:2018年12月16日 21時