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天気予報では晴マークを示していたのに、遠くの空には雲がかかっている。じきに新宿全体を覆うだろう。
昼下がりの通りを緊迫した非日常へと変貌させたのは、くたびれた服の怪しい男だった。焦点の合っていない白濁した目。剃られていない髭。顔色は蒼白しているが頬だけが異様に紅い小太りの男。
右手には、一般家庭で使用するような包丁。それが突き付けられているのは__雪切。
男の左腕に首を挟まれ、その腕を引き剥がそうと苦し気にもがいている。
「ッチ!!てめぇ…。」
「左馬刻君!!一体どういうことだい!!」
寂雷が、追ってきた人物、白銀の髪の男__左馬刻に叫ぶように問う。
頭が追い付いていない。どうなっている?冷静になれ__
__るわけがない。
包丁を突き立てられている雪切の首には横一文字に赤い線が刻まれる。一体そんな状況でどう冷静になれと言うのか。
左馬刻は後ろについている数人の男たち_恐らく部下_に周りを取り囲ませ、落ち着いた口調で話す。
「前に言っただろ。こっちに逃げてるヤツがいるってな。」
「それは聞いたが…かなり前の話じゃないか。」
「まぁ焦んなよ。」と言って悠長に煙草を吸う仕草に寂雷は苛立つ。そういったことに慣れている
からこその態度だろうが、寂雷にそんな余裕はない。ましてや、雪切である。
左馬刻は気にするそぶりを見せず血走った目の男を鋭く睨む。男はその視線に一瞬怯え、唾を吐き散らして叫ぶ。何を言っているのかはわからないが。
「あの野郎、他の組と組んでやがった。自分のシマならとっ捕まえておとしまえつけさせて終いだが、他の組のシマとなるとそうもいかねえ。丁度ナシついて追ってるところにアンタらがいたってだけの話だ。」
「…事情は分かった…一体どうするつもりだい。」
険しい面持ちで左馬刻がちらりと寂雷を見る。寂雷は一瞬で彼の言わんことを理解し、憤激する。
「彼を傷つけることは許さないよ。君たちの世界に彼を巻き込まないでくれ。」
「…わぁってるよ。」
左馬刻が煙草を持つ手を挙げると、今にも飛び掛かりそうだった周囲の男たちがその姿勢を崩す。恐らく左馬刻は、身柄の確保を優先し雪切の安否は二の次だったのだろう。
唾をまき散らす相手に首を絞められ、最初こそもがいていたが、今では眉を顰めるにとどまっている雪切。そこに怯えはない。それは彼の経験から来る余裕なのか。それとも、諦めなのか。
寂雷にはわからなかった。
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Last(プロフ) - のそけさん» ありがとうございます。シリアスものは批判という名の逆境も多いですが、そう言っていただけるととても嬉しいです。 (2020年5月23日 22時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
のそけ - つらいけど、いい作品でした。ありがとう。 (2020年5月16日 19時) (レス) id: d765cbd891 (このIDを非表示/違反報告)
ぴみゃ@ごりらー(プロフ) - え……好きです……() (2019年10月31日 17時) (レス) id: e205c70a13 (このIDを非表示/違反報告)
Last(プロフ) - 彩晴さん» こんにちは。小説を書いていて喜びを感じる時は、作品を書きあげた時と、やはりこうして感想をいただいた時ですね。それはどんなに時間が経っても変わることは無い様で。僕からも感謝を。この作品を愛していただき、ありがとうございました。 (2019年5月16日 23時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
彩晴(プロフ) - こんにちは。作者さんの世界観に取り込まれて、一気に読破してしまいました。話の流れや表現の仕方、なにからなにまで自分好みで。読んでいてとても心動かされる作品でした。完結してから期間あいておりますが、この感謝を伝えたくて。これからも作品楽しみにしてます。 (2019年5月16日 17時) (レス) id: 332aee91a7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Last | 作成日時:2018年12月16日 21時