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「…嘘だろ？あんた、ボス一筋じゃなかったのか」
「フン、猫でも鼻の利く奴は嫌いじゃないぜ」
「それは光栄だ。あんたは犬か？」
「ああ。だが、俺の主人はどこの組織でもねぇよ。この世で一人だけだ」
そう言って、ますます笑みを深くするジン。この冷酷で不遜な男がたった主として認めるような一人って、ボスじゃないなら、誰だ。
またぐるぐると悩み始めた俺を横目に、ジンはバスタオルでも置きに行ったのか、さっさと視界の外へ歩いて行ってしまった。
それから間もなく、聞こえ始めた機械音。ドライヤーか、と理解してしまえば、組織ではあれほど恐れられているジンも家ではまるで普通の人間らしい生活をしていることが分かって、なんだか気の抜けるような思いだった。
そうして、警戒することさえ放棄してしばらく考えに耽っていた俺の思考は、やがてガチャンと扉を開けるような音がしたことで、また現実の世界へと引き戻された。ドライヤーの音が、パタリと止まる。
耳をすませば、廊下の奥の方から聞こえてきたのは、ジンと誰かの話し声。どうやら俺とジンの二人きりだと思っていたこの家には、他の誰かも居たらしい。
『なんだ、もう出たのか』
『長湯すると寝ちゃいそうで怖かったから、早めに切り上げたんだ』
『そうか。…ああ、裸で出るのはやめておけ。カルバドスが起きてるぜ』
『えっ、それを先に言ってくれ』
『待ってろ、服を取ってくる』
あまりにも普通なその会話も、片方がジンだと考えるとまるで異様なものに感じられるのだから恐ろしい。
怒らせたら即ズドンなジンを相手に、気軽な口を利ける奴は組織の幹部でも数える程しかいないし、そもそもジンの方がここまで気安く振る舞ってみせる相手などいない。
極めつけに、ここまでのやり取り全て、片方は裸のまま行われた会話らしいというのだから、ますます信じ難い。
ベルモットなら場合によっては許されるのかもしれないが、例えばそれがもし俺だったなら、汚ぇモノを見せるんじゃねぇと間髪入れずに撃ち抜かれるに決まっている。
仮に男でそれが許される奴がいるとすれば、俺はその心当たりを一人しか知らなかった。
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作者名：櫂渦【とーか】
| 作者ホームページ：https://www.pixiv.net/users/28997649
作成日時：2023年5月28日 23時
