床下の古井戸 (ページ7)

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井戸のある居間② ページ7

　
ヒュッと喉が鳴った。
今、確かに、この扉の先で物音がした。
午前1時に聞こえる物音は違う。
何かが這いずるような音。
こんな音、聞くのは初めてだ。

　
　
何かが違う。
いつもと、何かが違う。

　
　
全身に鳥肌が立つ。
この扉の先を見てはいけない気がする。
…………でも、やっぱり知りたい。

　
“好奇心は猫をも殺す”とはよく言ったものだ。
今の私はまさに猫じゃないか。
好奇心に負けて身を滅ぼす、猫。

　
そうは分かっていても、今の私にとって好奇心に勝るものなどなかった。

　
もう一度ドアノブを握る。
大きく深呼吸をして、心を落ち着かせた。

　
……よし、開けよう。
　

決心してドアノブを回した。
直後だった。

　
　
「そっち、いっちゃだめ」
「──！！！」

　
　
グイ、と寝間着の裾を引っ張られた。
声にならない悲鳴を上げる。
恐る恐る後ろを振り向くと、2階の姉の部屋で寝ているはずの甥──颯太君が無表情で私を見上げていた。

声はそのままなのに、およそ5歳児とは思えないその表情を見て、背筋が凍る。
昼間の無邪気さとは打って変わり、悍ましささえ感じられた。

　
「そっち、いっちゃだめ」

　
　
颯太君は先程と同じことを言って、じっと私の目を見つめてくる。
体は硬直し、身動きが取れない。
口内はカラカラに渇き、うまく声を出せなかった。
それでも何か言わなければ、と謎の使命感に駆られ、やっとのことで声を出す。
声は掠れ、震えていた。

　
「……そ、颯太君、こんな時間に、どうしたの？」

　
答えない。
颯太君は、答えない。

　
ただただ私を見て、壊れたロボットのように同じ言葉しか口に出さない。

　
　
「そっち、いっちゃだめ」
　

　
有無を言わさぬその表情を前に、動かない首を無理矢理縦に振るのが精一杯だった。

　
私の返事に満足したのか、颯太君は階段の方へ歩いて行った。
まだ扉の先からズルズルと音が聞こえるが、見る気にもなれない。

颯太君の姿が見えなくなってから、未だ満足に動かない体を無理矢理動かして自室へ戻った。

　

5歳児にこれほどまで恐怖心を抱くのは、これが初めてだった。