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「惚れた」といわれた。驚いた。焦った。嬉しかった。幸せだった。叫びそうだった。
歌えそうだった。
でも、それは“歌声”に惚れていたのだ。歌声だけで、私自身ではない。私がこの想いを伝えた所で離れて行くかもしれない、と言う現状は何も変わらない。
そんな皮肉な現状は何も変わらないのに、私の欲望だけが変わって行く。
昔は「私の声に振りむけ。私の声だけに惚れればいい」と。
だが今は「私自身に惚れて欲しい」と欲望塗れのものに変わっていた。
そんな欲望と拒絶されるかもしれない、と言う恐怖心ばかりが募って大きくなっていくだけだ。
だから、そんな恐怖を覚えた時に「歌えそう」で終わってしまったのだ。
でも、歌声に惚れてくれていることだけでも嬉しかった。“歌声”が私の魂なのだから。昔の私からすれば大きな進歩だ。
だからこそ、私はそんな一言に舞い上がってしまっている。
「Aってさ、よく掴めないって言われるよね」
「何が?」
「性格とかさ。人の話全く聞かないし。…でも、俺からしたらAなんて手に取るように分かるんだよ」
「あ、そうだ。昨日の新作のグミ美味しかったのよ」
「だから!は!な!し!聞いて!」
鞄からゴソゴソと昨日買ったグミを出そうとしていると、ふと考えが頭を過ぎる。
「音楽をやめる」
「生きることをやめる」
「天月に嫌われるのが怖い」
「思いを告げたら」
音楽を辞めたら、生きることを辞めてしまうのと同じなのだ。
そして、生きることをやめたのならばこうして彼と一緒に居ることも出来なくなる。
私は呼吸ができなくなって、酸素が奪われてしまって死んでしまう。
だから、最後に、せめて死んじゃう前に思いを告げれば良いじゃないか。
もし、仮にライブ前に思いを告げて拒絶されて声が出なくなってしまったのならそれで良い。だって、それはどうせ生きることを辞めるのだから。
声が出て、拒絶された場合は?
それも簡単なことだ。そうされたのなら天月から離れるのだ。
天月と一緒に歌を創り上げることが音楽になったのだから、その時点で私の音楽は意味を成さなくなる。
つまり、それも音楽を辞めるということ。
それなら、最期に想いを告げて一か八か賭けてみるのもアリなのではないだろうか。
「天月、明日のライブ、絶対に歌えるように頑張るわ」
突然、私がそう言うものだから彼は驚きこそしたもののいつもの笑顔に戻り「もちろん!」と笑った。
この笑顔も、声も、詞も、これが最期かもしれない。
だが、全て失うかもしれないと考えると何でもやってやる、と初めて自分に勝った。音楽に勝った。
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ほさと - とても感動しました。占ツクの歌い手様を扱った作品には珍しくしっかりと小説になっていて、一介の読書好きとしても嬉しかったです。どの作品もとても美しい比喩があり、音読したい作品だなぁと思いました。 (2019年7月14日 20時) (レス) id: fdc2472f82 (このIDを非表示/違反報告)
弓乃 - 皆様の素晴らしい文章に心が震えました。ありがとうございます。執筆お疲れ様でした。これからも頑張って下さい。 (2019年6月17日 16時) (レス) id: d99258de7b (このIDを非表示/違反報告)
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