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「A、行ける?」
ステージ舞台袖。
様々な音が交じり合う中、覚悟を決めたような真剣な瞳をステージに向けている彼女に問いかける。
これが。
この音が。
この一瞬が。
彼女にとっても大切かもしれない。
だが、それ以上に俺にとっても大切だった。
彼女が音楽を辞めるかもしれない。生きることをやめるかもしれない。
そうなる前に俺の想いを伝えるだけでも。
そう思っていた。
今まで怖かった。
「えぇ。いつでも行けるわ」
歓声に包まれた中、俺はステージに足を運ぶ。
いつもの笑顔で。
俺を待ってくれているファンに笑顔を向けて、そして息を吸う。
「今日のライブに来てくれてありがとうございます!最初のMCは異例だけど…取り敢えず一人だけ紹介させてください!…A!」
Aのほうを向く。最大の笑顔で。君を、見る。
Aも笑顔で俺の元に走って来て、そして観客に手を振る。そんな観客はAの帰りを待っていたのか、誰か分からない人も居るのか、戸惑いと涙に包まれていた。
それから先は何も語らない。
Aがベースを持つ。
そして、俺はマイクを持つ。
Aの声が出ますように。
Aが音楽を辞めませんように。
すると、Aが俺の近くに寄ってきて、マイクの電源を切った。
これを観客の人達は出演と思っているようだから良かったが、俺にとっては何が何だか分からない。
そして、彼女は俺に笑い掛けた。
「天月。ずっと、好き。これからも。一緒に生きて行きたい。今まで歌えなかったのも天月にこの好きって気持ちがバレたら拒絶されるかなって怖くて歌えなかったの。ごめん。隠してて」
そんな。
プロポーズ染みた言葉。
そうして、彼女はスタンドマイクにスイッチを入れる。
セットリストをガン無視したデュエット曲をAが演奏する。
イントロの心地良く響くベースを奏でる。
「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!」
そうして、そうして。
Aは、歌を。
歌を歌った。
ずっと夢見ていた。
彼女と俺の歌声が重なることを夢見ていた。
それが、叶った。
彼女は確かに成長していた。
長年歌えなかったにも関わらず成長していた。
今まで抱え切れなかった
過去と未来と
詞と心と
歌と音と
恋と声と
全てを抱え込んで。
ずっと一緒に歌うことが夢だった。
ただひたすら落ちてくる音を拾って音を紡ぐだけだった。
だけど。
だけど、俺だって行けるじゃないか。
Aの耳元で。
俺も言った。
「俺も、Aと音楽と一緒に生きて行く。俺もずっとAが好き」
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ほさと - とても感動しました。占ツクの歌い手様を扱った作品には珍しくしっかりと小説になっていて、一介の読書好きとしても嬉しかったです。どの作品もとても美しい比喩があり、音読したい作品だなぁと思いました。 (2019年7月14日 20時) (レス) id: fdc2472f82 (このIDを非表示/違反報告)
弓乃 - 皆様の素晴らしい文章に心が震えました。ありがとうございます。執筆お疲れ様でした。これからも頑張って下さい。 (2019年6月17日 16時) (レス) id: d99258de7b (このIDを非表示/違反報告)
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