殴られヒーロー ページ10
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「 ……お前、調子乗んなよ 」
「 調子に乗ってんのはそっちでしょ 」
明らかに苛立ちを含んでいる声音。
これ以上はまずいと脳が警鐘を鳴らしているのに、言葉は止まってくれない。
彼の手が私の胸ぐらを掴む。その瞬間グッと首が絞まり「 うっ 」と声を漏らすが、力は全く弱まらない。
殴られる。前回は伊沢さんが助けてくれたけど、今回こそ絶対、殴られる。
あぁどうしよう。なるべく痛くないと良いな。
「 う、わ……っ! 」
振り上げられた拳を目で追っていると、突然肩を強い力で引かれ、体が後ろに倒れる。
代わりに胸ぐらを掴んでいた彼の手は案外すんなりとほどけていった。
肩に添えられている指先。すぐ近くで「 大丈夫?しずくさん 」と紡ぐ柔らかい声。視界の端で揺れる、黄色いカーディガン。
けれど私が一番意識を奪われていたのは、目の前に現れた、大きな背中だった。
「 河村さん、Aちゃんのこと頼みます 」
「 分かってるよ。しずくさん、ちょっと離れようか 」
「 え、でも、伊沢さんが 」
「 大丈夫。あいつなら上手くやるよ 」
河村さんに導かれて道の隅に移動するが、私の前に立ちはだかってくれた伊沢さんは、未だ彼と対峙している。
ここからは話し声も聞こえない。
ただ分かるのは、伊沢さんが今までに見たこと無いほど、怖い顔をしているということ。
次第に彼らの周りに野次馬が集まりだして、伊沢さんが一発頬を殴られた時には、誰かが呼んだ警察が駆けつけて来た。
なにか言われたのか、顔を真っ赤にしてキレている彼を警察は至極冷静な口調で宥め、あれよあれよと言う間にパトカーへと連行されていく。
そして残されたのは、頬を殴られた伊沢さんと、徐々に自分達の生活に戻り始めた野次馬、そして私と河村さんだった。
「 お前さ、もうちょっと上手くやれよ 」
「 すみません。Aちゃんのこととなるとついカッとなってしまって…… 」
「 い、伊沢さ、大丈夫ですか……?頬…… 」
河村さんから離れ、警察に事情を聞かれて戻ってきた伊沢さんの元に歩み寄る。
近くで見れば見るほど痛々しい。
テレビに出る彼にとっては大切な商売道具な筈なのに、どうしてそんな無茶をするんだ。
そっと殴られた痕に手を添えると、笑っていた彼は、途端に顔をしかめてしまった。
わ、私は一体、どう責任を取れば。
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作者名:朝田 | 作成日時:2021年1月6日 19時