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落ち着いたAは、お礼と謝罪をもう一度言葉にして赤井に送ると彼は


「なら、君の時間を少しばかり分けてくれ。一人酒はつまらないんだ」


と飲みに誘われた。なんと巧いことか。Aはそれを知った上で、頷く。

男は応えてくれたAに、嬉しそうな目で「楽しみにしている」と返すと、いつかと違って仕事を切り上げ、駐車場まで一緒に歩いた。

 


赤井とは駐車場で別れ、Aは車に乗り込む。

泣いて、目が腫れている。嗚咽を殺したことで、喉もカサカサだ。

それなのに、ハンドルの冷たさが心地よいほど、内側がぽかぽかする。


わたし、もう三十路半ば。こんなことで一喜一憂している場合じゃない。

わたし、もう三十路半ば。ここで一歩が踏み出せずにいるなんて柄じゃない。

矛盾し、交差する心と、冷たいハンドル。熱い体。

中学生でも、もっと上手に恋愛してる。

自分の不器用さに恥ずかしくなり、Aは青信号にアクセルを踏み込んだ。


愛は川だという。穏やかな葦を飲み込んでしまう。
愛は刃だという。あなたの心から血を流させる。
愛は飢えだという。終わりのない痛みが必要だ。
愛は花だという。あなたはその種である。


ふと、頭をよぎった歌詞が、痛々しいほど傷に染み込んで、Aは目が滲むのを感じ、次の赤信号で履いていた窮屈な足枷を脱いだ。

裸足で踏み込んだアクセル。開け放った窓。車の静かなエンジン音。



誘いの日には、ちゃんと履いていこう。スカーレットな婦人を味方につけて。





 
■□■□■□■□■





 
「ほー」


緑が赤を追いかけた。店内の薄暗い照明と、丁寧に磨かれた飴色のカウンター。

足の長いスツールへ、長い脚を収めている男の姿。今日はニット帽がはずれていて、印象が違って見える。


「待ちました?」


Aは静かに隣のスツールへ腰掛けると、カウンターの向こう側から近づいてきたバーテンダーに適当な酒名を告げ、赤井に視線を戻した。


「心臓に悪い待ち時間だったさ。君が木靴を履いてきたりしたら、どうしようかと思った」
「残念ながら木靴じゃなんです。ご期待にそえなくてごめんなさい。今日は赤い靴なの」


Aの前に淡い色のカクテルがやってくる。
この碌でもない三十数年の人生で、Aはこういった夜の店での立ち振る舞いに初々しさなど出せないくらい、場数を踏んできてしまったのだ。主に木靴で。

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ぱーぷる姫(プロフ) - すみません、下のコメントで気が付きました。気づくと鳥肌です!また1から読み直します! (2022年8月25日 0時) (レス) id: be661beda4 (このIDを非表示/違反報告)
もちもち - 最高でした。言葉選びとかセンスがツボに刺さりまくりました。赤井と糸川で「赤い糸」になるのも気づいた時に鳥肌止まりませんでした。とにかく最高でした。 (2021年5月5日 1時) (レス) id: b3862cde2f (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 続編お願いします(T_T) (2020年8月8日 13時) (レス) id: e826140184 (このIDを非表示/違反報告)
vm - とても、すてきな言葉のセンスから見える世界観がとっても、大好きです!なかなか赤井落ちはないので、ありがとうございました! (2020年5月1日 0時) (レス) id: d0a5fbaba4 (このIDを非表示/違反報告)
syubyi - いい、、すごく良かったです、、、続きを、、後日談的な続きを、、 (2020年4月11日 14時) (レス) id: 4a176e1186 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年4月4日 23時

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