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千桜はそのことを、真夜中に思い出した。



帰宅してから延々、ベッドサイドテーブルに佇んでいない腕時計のことを考えた。
あぁどこに行ってしまったのかとアルコールのプルタブを片手間に開けながら、いつでも眠れる大きいサイズのソファにどさりと腰を下ろす。

どうでもいいバラエティが、薄型テレビの向こうで軋んだ笑い声を響かせる。取ってつけたようなそれは、千桜の不安に揺れる心の影を一層濃くさせた。


空腹感はなかった。
ただひたすらに、不安と、焦りと、孤独感が背中合わせに座り込む。

 千桜はザッピングしていたリモコンで電源を落とすと、それをソファの隅に放った。空になったビールの缶を所定のゴミ箱に突っ込み、緩ませていたネクタイをずるずると解いた。
 首の横をワイシャツの襟越しに通り過ぎていくネクタイが気持ち悪い。

ネクタイをソファの背もたれにかけ、突如、時が止まった。


ネクタイを外そうとしたのだ。あの時。

そうだった。

 今日の昼下がり、訪問先の企業近くにある公園で一休みした。昼一番で訪問した先の企業は固まった考えの老年をトップに、社員各々目が死んでいる、墓地のような雰囲気が立ち込めていた。だから、訪問を終えた千桜は久々に強い疲労を感じていたのだ。

 職場の後輩と一緒にいた。だが彼は公園内に入っていない。だから腕時計のありかを彼に聞いたところで、公園というワードが出てくるはずなどなかったのだ。


 千桜は部下が公園の近くにある交番の横に設置された自動販売機でコーヒーを差し入れてくれた。俺はその間、公園の入口近くにあったベンチで休憩した。自動販売機は公園の方を向いて設置されている。結果、後輩は公園に背を向けていたことになる。見落としていた、小さな罠。

 後輩はコーヒーが無糖か微糖か、振り向かずに叫んでいた。自動販売機からベンチの距離など男の足でほんの数十歩。
 そうだ。俺は確実にその時ベンチで腕時計を外していた。秋とはいえ、昼下がりは気温が高い。残暑の面影を残した日差しにジャケットを脱いで、そのタイミングで時計も一度外し、ベンチに置いた。

過去の己が犯した行動が丁寧に脳内で繰り返される。
 千桜は時計を見上げた。時刻は既に十二時を過ぎている。車はアウト。電車ももう自宅からは望めない。絶望的だった。

 明日の朝、その公園に行って確かめる。それだけが、一筋の光であった。
無かったら。

無かったら、その時はもう、別れの時だろう。

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設定タグ:三十路 , 年の差 , 女子高生   
作品ジャンル:恋愛, オリジナル作品
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篠屋裕季(プロフ) - ◎たなは◎さん» お力添え致せたこと、幸甚に存じます。何気無い日常を記していくような、そのなかに流れる一つの川のようなものを感じることが楽しいです。また立ち寄らせていただきます。 (2017年8月22日 12時) (携帯から) (レス) id: f2dc7330c9 (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - 篠屋裕季さん» コメント・ご指摘ありがとうございます!修正いたしました。篠屋裕季さんのお時間を使って読んでいただけることとても嬉しく思います。お手隙の際にまたお立ち寄りいただければ幸いです。 (2017年8月22日 9時) (レス) id: 8b768110c2 (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - Lucyさん» コメントありがとうございます! そう言っていただけて私もとても嬉しいです。街灯も星も頭より上に存在するものとして、ふと顔を上げてもらえたらなと思って書いております。遅いペースの更新になりますが、よろしければお付き合いくださいませ。 (2017年8月22日 9時) (レス) id: 8b768110c2 (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - 七味さん» コメントありがとうございます!嬉しいお言葉とても励みになります。これからも遅いペースではありますが更新していくのでよろしくお願いします。 (2017年8月22日 9時) (レス) id: 8b768110c2 (このIDを非表示/違反報告)
篠屋裕季(プロフ) - 「砂時計を眺めるのが、彼女のそれであr。」になってます。「ある」ですよね?突然すみません。このコメントは削除していただいて結構です。いつも楽しく拝読しています。更新頑張ってください。 (2017年8月22日 0時) (携帯から) (レス) id: f2dc7330c9 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2017年6月18日 20時

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