鯨波の声 5【練紅炎】 (ページ46)

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142話ページ46

ハルには、煌など正直どうでもいい。
兵達がもがき苦しもうが、煌が滅ぼうが、ハルには大きな問題ではない。

ただ、アランならなんと言うだろうと考える。

「僕はこの事をAに伝え、彼女の意思を確認してきてくる。やると言うとは思うが、彼女はもう母親だ。戦場に出れば無事に戻れる保証など、どこにもない。息子のために、これまでとは違う反応を見せる可能性もある」

確かに、こんなに可愛い息子を残して、他国の戦に出て行く必要などないように思える。

「ちょうど、アルガン島に医師団を派遣(はけん)してほしいと依頼され、快諾(かいだく)した。ハル、君に危険な頼みごとをするかもしれない。いつでも動けるように心を決めておいておくれ」

そんな事は承知の上だった。

＊

アルガン島の人々は基本働き者だ。
せっせと瓦礫(がれき)を片付け、七海連合が調達した材料で新たな家づくりが少しずつ始まっていた。

その中心部にあるテントで、シンドバッドが浅い眠りにつきながら椅子に腰掛けていた。

【ふふ。実に痛快(つうかい)だ。】
『黙れ』

いつからか『音』を『声』と認識出来るようになったものに、シンドバッドは眉(まゆ)をひそめた。
声の主は『ダビデ』と、名乗った。

アルマトロンの支配者であり、ソロモン王の実父。
死んだはずの男が何故。
注意深く、シンドバッドはダビデと対話に挑(いど)んだ。

【おやおや。間も無く世界が己の手中に治るというのに、不機嫌なことだ。】
『お前には関係のないことだ』
【シンドバッド。お前は他とは別の存在。他とは分かりあうことが出来ない生き物。お前がわかることが誰にもわからない。お前もわかっているのだろう】
『・・・』
【お前をわかってやれるのは私だけだ。同じ特異点である、私。】
『一緒にするな！』

じわじわと体を蝕(むしば)む毒のような『声』

【お前の選択は治世者とし何も間違っていない。個人的な感情に放り回されず、七海連合に白龍を組み入れ、それを名目に手を貸し、邪魔な存在を消せば良い。そのための布石(ふせき)はすでに打ってあるのだろう。】

その通りだ。
煌とはいつかぶつかる。その事を念頭に、これまで様々な布石を用意しておいた。

【その後は真綿で首を絞めるように、じっくりと、いたぶってやればいい】

楽しげなダビデの笑い声は、いつまでもいつまでも耳にこびりついていた。