鯨波の声 9

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39話ページ39

「黙って聞いておれば、無礼者！！この女を捕らえよ！」
「別にいいけど、私はシンドバッド王の使者。これ以上、シンドリアで騒ぎを起こさないほうがいいよ。何かあっても、もう庇(かば)ってあげないからね。」

じゃあね。と、将軍達に挨拶をし、Aはさっさとその場を後にしたのだった。

Aが帰路(きろ)についた頃には、夕暮れ時になっていた。
久しぶりに懐かしい顔ぶれに会ったせいか、なんとなく落ち着かない。

久しぶりに飲んで帰るか。そう思った時だ。

わぁっと華やぐ声が聞こえて目をやると、来賓者の列に目が止まった。

アルパ国の旗(はた)だ。

黄金色の御輿(みこし)が夕焼けの光を受けて、より神々しく輝いている。
パットがにこやかに手を振って民衆の歓声に応えているせいで、この賑(にぎ)わいらしい。

Aはじっとその光景を見ていた。
足が、その場から離れられなかった。

ぼろっと涙が流れた。
ぼろぼろぼろ、涙が流れ続けた。

この涙が何を意味するのかさっぱりわからない。
それでも息が苦しくなるほど涙が溢れた。

「うっく・・！ひっくひっく！！」

誰にも見つからないように、レンガを背に、物影にしゃがみこむ。
何故こんなに涙が溢れてくるのか、自分で自分がわからない。

紅炎の話をしたせいだろうか。
思い出さなくていい感情まで引っ張り出してしまったせいだろうか。

とにかく、自分で制御できなくなった感情が涙になって溢れ出した。
そんな感じだ。

紅炎、やだよぉ。
会いたいよぉ。
なんで、死んじゃたの？

「ぅうう・・・！」
「こんなところで何故泣いているんですか」

思わずかけられた言葉に驚いて顔を上げると、
ムーが不機嫌そうな顔をしてAを見下ろしていた。

「ムー様。」そう言いたかったのに、「うっぐ・・・」というわけのわからない音になってしまったのがひたすら恥ずかしい。

「ああ、もう結構！」

ひょいっと乱暴に抱き上げられて、Aは思わず固まってしまった。
自分が何をされているのかよくわからない。

「これから、貴方を拐(さら)います」

背中に群青を背負ったムーの視線と言葉に、目を瞬かせることしか出来なかった。

＊

ええっと・・・。
どういう状況？これは・・・。

Aは、何故かせっせと握り飯を作っている自分の状況に困惑するしかない。

拐われた。
確かに攫われたのだが、拐われた先が問題だった。

オリーブの旗印はレームのものだ。