鯨波の声 9

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17話ページ17

じわじわ血が服を染めていく。
止血しようにも範囲が広く、アギルではどうしようもない。

「誰か！頼む、急いでくれ！！」

その時、ふっと目の前が陰ったような気がして顔を上げると、燃えるような赤い髪の娘が立っていた。

「私が運びます！」
「へ？誰だ？？」

少女は軽々とアバスの体を抱き上げた。
思ってもみない展開に、呆気(あっけ)に取られるしかない。

「後から僕もすぐに行くよ！モルさん！」
「はい！」

ぐぐっと足に力を込めたかと思えば常識では考えられないほどの跳躍(ちょうやく)でアバスを城へと運んでいく。

「大丈夫かい？お兄さん」

手を差し伸べてきたのは頭にタンバンを巻いた子供だ。

「あ、ああ。っつーか、すげーな・・・」

世の中、知らないことばかりだ。
あまりの事に思わず笑ってしまうと、人混みを分けて小太りの男が走ってきた。

「アギル様！これは一体なんの騒ぎですか・・・！」

1人だけ滝のような汗を流している。もともと汗っかきなのだろう。

うん。なんかゴメン。

彼は、遊びに行きたい。と、言いだしたアバスとアギルの世話役を申し付けられた人物でジルと言う。

血塗られた兵士の剣。
止血しようとして、血まみれの両手。

そこから導き出される答えは一つしかない。

ジルは哀れな程、真っ青になった。

紛れもなく、アバス、アギルはシンバッド王から招待を受けた招待客だ。
招待客はすべからずシンドバッド王からの保護を受け、シンドリアで過ごす権限を与えられる。

その人物を路上で斬り捨てるなどあってはならないことだった。

「ま・・・、まさか。斬られたのですか？す、すぐにシンドバッド王にご報告を！！」
「やめろ！余計な騒ぎを起こすな！！」
「ですが、シンドバッド王の招待客を斬るなど、許されることではありません！」

いくらアギルが事を大きくするなと言っても、シンドバッドに報告しないわけにはいかない。
これ程の公衆の面前。
無かったことにするには無理がある。

事の重大さに気が付いた煌帝国兵士は狼狽(ろうばい)している。
今にも自決してしまいそうだ。

けれど、そんな事されても大迷惑である。

「・・・ちょっとした事故だ。兄貴が怪我をして赤い髪をした女の子が城に運んでくれた。悪いけど、上手く話を付けてくれ」
「で、ですが！」
「めでたい日に、これ以上ケチ付けんな！」

クルッと振り返ると、先ほどの兵士が縮こまり、話の成り行きを見守っている。