【文スト】中原中也の奮闘記録

相席 ページ12

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夕刻、ゆっくりと落ちる陽を飲み込んでいく地平線

そんな趣の有るヨコハマ港で―――




「私と心中なんて如何だい？」

『遠慮しときます』


変な男に出会った



遡る事数十分前

購い物を済ませたので休憩がてら、今日の失踪を中原君に怒られた時の言い訳を考えようと、港近くの小洒落たカフェに入った


事の発端はそこだ

コトリと、実に美味しそうなケーキが乗った皿が私の目の前に置かれて、「相席善いですか？」と、爽やかな空気を纏った男が微笑み掛けてきたのだ


勿論寸分の迷いなく承諾した

胡散臭い笑顔だなと思い乍もケーキに釣られる辺り、我ながら単純の極みである


そこから適当に世間話をして、流れで一緒に店を出た


心地善い潮風を浴び乍、「最近或る男に行動を制限され監視されで退屈なんだよね」なんて愚痴を零したのが数分前


そして冒頭に戻る



「――退屈なんだろう？なら私と心中してみよう！世界がガラリと変わるかもしれないよ」

『世界がガラリと崩れ落ちるよ其れ』

「何か行動を起こさないと現状を打開出来ないのが現実なのだよ、さあ、一緒に海に＿＿＿＿ 」

『お一人でどうぞ』

「冷たいなあ」


心中したがりが現実云々を語る方がおかしいよ

こんなよく判らない男に愚痴を零すんじゃなかった


でも実際退屈なのは本当で、前の組織に居た時は楽しかったなあなんて考える事が多くなった

前の、組織…――


『……ハァ』

「――そんなに退屈かい？」


私がこの胡散臭い笑顔を向けてくる男に相席を許した理由は、実を云うとケーキだけじゃない

何となく、似ているのだ


掴み所の無い雰囲気とか、ぼーっと考えていた事を当てにくる所とか


本当、死んだ彼にそっくりで



『―――退屈だねえ、監視役の青年は、まあ面白いけど、いまいち刺激に欠けるんだよ』

「おや、お姐さん、刺激をご所望かな？」



足を止めてにやり、悪巧みを思いついた少年の様に口の端を上げて覗き込んできた

変なスイッチを入れてしまった気がしてならない



『心中は刺激を超越し過ぎてるから結構だよ』

「其れは又の機会にしよう、一寸耳を貸してごらん」


ひらひらと手招きされて、渋々、腰を折って待っている彼に耳を寄せた


そして、ひそひそと愉しそうに告げられた其の提案は、思いの外興味を唆るものだった





「―――私が、君を攫ってあげようか」


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